仮想通貨取引所の分散型としての弊害

仮想通貨取引所では、ビットコインやイーサリアムなど、仮想通貨を売りたい人と買いたい人の思惑を交差させながら、円滑な仮想通貨取引と仮想通貨相場の形成に貢献しています。仮想通貨を運営しているのは、ほとんどの場合、株式会社などの企業です。それぞれの企業は仮想通貨の取引システムの開発やメンテナンスのため、設備や人件費などに多大な投資を行っていますし、その原資を得るために手数料などの名目で利潤を得ています。

一方で、仮想通貨取引所は、多くのユーザーのウォレット(仮想通貨の財布の役割を果たすデータストレージ)を管理しています。つまり、ユーザーは仮想通貨取引所の運営会社に、貴重な資金を預けているのです。日本では、仮想通貨取引所が金融庁の監督下に置かれています。つまり、銀行などの金融機関に準ずるほどの厳格な顧客資産管理が義務づけられているわけです。それでも、不正な操作によって、顧客のウォレットから仮想通貨を不正に引き出したり流用したりする事件が起きてもおかしくありません。

仮想通貨取引所の管理者のしわざでなくても、外部からハッキングによってサーバーに侵入されれば、数千、数万の顧客ウォレットが一度に狙われ、ひとたまりもない被害が生じるおそれがあるのです。2014年に発覚した仮想通貨取引所「マウントゴックス」からの、ビットコイン大量流出事件は、ビットコインの価格を暴落させ、仮想通貨全体の信頼性を損なうほどの大きな影響を社会に及ぼしました。

当初は外部からのハッキング被害だとみられていましたが、後にマウントゴックスの元代表が、ビットコインを横領した疑いが浮上し、逮捕・起訴されています。元代表は無罪を主張し続けていますが、少なくとも仮想通貨取引所を倒産に至らせ、ビットコインの未来を信じたユーザーに経済的被害を与えた社会的責任は大きいというべきでしょう。

2018年1月に発生した仮想通貨取引所「コインチェック」からのNEM大量流出事件も、世間を騒がせました。高性能な仮想通貨として知られたNEMでしたが、ハッキングによって盗まれてしまった後は、その動きを捕捉できなくなりました。犯人を特定するどころか、NEMをまったく取り戻せないことが判明したのです。

コインチェックは自己資金でユーザーに自主的な補償を行いましたが、一部のユーザーから損害賠償の支払いを求める裁判が起こされています。また、コインチェックはマネックスグループの完全子会社となり、改めて再出発することになりました。このような問題が起きているのは、仮想通貨取引所が「中央集権型」になっているからだといえます。

仮想通貨取引所も分散型にすべき

所有している仮想通貨のセキュリティ対策も、取引に関するルールや手数料の額も、ユーザーたちは自らの運命を仮想通貨取引所の運営会社に委ねているのです。マネーロンダリングなどの不正防止という名目で、ユーザーは身分証明書や携帯電話番号まで特定の企業に預けています。

仮想通貨取引所は、ユーザーに対して様々な義務や責任を課すことができますが、ユーザーは仮想通貨取引所をほとんどコントロールできません。不満があれば、せめてユーザー登録をやめる「不買運動」をするぐらいでしょうか。それでも、預けた個人情報は戻りません。

そもそも、ビットコインなど多くの仮想通貨は、ブロックチェーンという画期的なしくみを用いて、特定の企業や国家に管理を任せず、世界中にある無数のコンピュータ端末に分散して管理させる「非中央集権」を理想として設計されてきました。会ったことも話したこともない仮想通貨取引所の人々を信用するぐらいなら、ブロックチェーンというシステムの力を信頼したほうがいいとの発想に基づきます。

ただ、非中央集権の仮想通貨を取り扱っている仮想通貨取引所が、中央集権型でユーザーの仮想通貨を管理しているのは、よく考えるといびつな構造です。そこで、仮想通貨だけでなく、仮想通貨取引所も同様に非中央集権で運営されるべきだとの発想で考え出されたのが、DEX(分散型取引所)で、Decentralized EXchangeの略称です。

仮想通貨取引所の分散型としての主要取引所

世界のおもな分散型取引所には、以下のものがあります。

Counterparty(カウンターパーティー)
⇒ ビットコインのブロックチェーンをベースに制作され、DEXを実現するために構築された金融系プラットフォームです。カウンターパーティのシステムを利用して、ユーザーは独自のトークンを発行できます。

EtherDelta(イーサデルタ)
⇒ イーサリアムのブロックチェーン上に構築された分散型取引所プラットフォームです。イーサリアムベースの有力なICOトークンが多数流通しています。

Waves (ウェーブス)
⇒ 米ドルやユーロを使える点で、実用性が高いと注目されている、ロシア発の新興分散型取引所プラットフォームです。

また、世界最大級の仮想通貨取引所であるBINANCE(バイナンス)が分散型取引所を新規開発しているとの情報もあります。この点、日本国内の取引所は対応が出遅れているといえるかもしれません。

仮想通貨取引所の分散型としての長所・強み

仮想通貨分散型分散型取引所では、ビットコインなどの仮想通貨と同じように、中央で運営や維持を取り仕切る管理者が存在しません。つまり、仮想通貨を売りたい人や買いたい人のみが集まっているフラットな「場」であり、売り買いの指値を表示し、取引を仲介する「取引板」そのものです。分散型取引所は、それ以上でも以下でもありません。仮想通貨のウォレットの秘密鍵は、ユーザーが自分自身で管理するので、保有する仮想通貨の流出が起きた場合、それぞれの自己責任となります。

つまり、中央に運営会社がいないために、システム維持費や人件費などの名目で手数料が取られない点では、仮想通貨の取引をしたいユーザーにとってはメリットが大きいです。また、運営会社が破綻して、取引所がなくなるカウンターパーティリスクも、構造的にありえません。中央管理者がいない分散型取引所では、よからぬ管理者が仮想通貨を不正流用したり、詐欺を働いたりするリスクがなくなります。つまり、金融庁など国家による厳しい統制がゆるんで、国家からも解放された非中央集権が実現できるとも期待されるのです。

特にICOは詐欺が多く、日本でもICOトークンの取引に対して厳しいコントロールが行われています。しかし、分散型取引所でICOトークンが取引されれば、ICOも促進され、ベンチャー企業が新規事業に挑戦しやすくなる環境が整い、世界の経済発展に寄与すると考えられます。さらに、分散型取引所は本人確認が不要で、すぐに取引を開始できるため、身分証明書などの個人情報を預ける必要がありません。また、改ざん困難なブロックチェーンを中心にして自動的な運営がされていることから、ハッキング攻撃にも強いとされています。

仮想通貨取引所の分散型としてのデメリット・リスク

このように、良いことずくめとも思える分散型取引所ですが、従来型の中央集権取引所にはないデメリットも伴います。まずは、日本円や米ドルなどの法定通貨を使うことが前提となっていない点です。ブロックチェーン上で管理されるので、仮想通貨で入出金されることをシステムの基本としています。よって、日本円などを一度イーサリアムなどに替えてから、分散型取引所の口座に入金する必要があります。

ビットコインにはスマートコントラクト機能(契約自動執行機能)がないため、分散型取引所での取引には現状、適していません。その点で、初心者には取っつきにくい取引所かもしれません。とはいえ、前述したWavesのように、一部の法定通貨を取り扱える分散型取引所も存在します。また、分散型取引所にはユーザーが少ないため、仮想通貨取引の流動性が低い問題もあります。いわゆる「板が薄い」状態となっているため、売りたいときに売れず、買いたいときに買えず、価格が変動すると値が飛んで、思いがけない急騰や暴落を引き起こしかねません。

さらに、中央の管理者がいないということは、ハッキング被害を受けても自己責任であり、不明点や不満点があったときのサポート態勢も整備されていないことになります。しかし、以上に挙げたような諸課題は分散型取引所の普及に伴い、徐々に解決・解消されていくことでしょう。ユーザーの不測の被害も自己責任のみで片付けられず、独自の保険制度などでカバーされるなど、投資家保護のしくみも徐々に整っていくものと期待できます。