仮想通貨の「分裂」とは?

「仮想通貨の○○○が分裂した」

そう聞いて、どんなイメージを持ちますか? 仮想通貨の分裂のイメージはわかないという人も、実際の社会においては、「地震で建物が真っ二つに分裂、解体した」とか、「派閥争いがひどかった政党がとうとう分裂した」など、「分裂」にはあまりいいイメージがないのではないでしょうか。人間の社会で起きる分裂は、どうしても「仲間割れ」「内紛」「お家騒動」などを連想させてしまいます。しかし生物学では、細胞が分裂して増殖することは、その生物が成長して、生命を維持して、子孫を残していくには必要不可欠な現象とされています。細胞が分裂しなくなったら、それはその生物が死ぬことを意味します。

仮想通貨の世界で言う「分裂」は、人間の社会で言うよりも、生物学で言う細胞分裂のほうに近いイメージです。分裂するからこそ、仮想通貨は状況を改善でき、増殖することができ、発展できるのです。なぜかというと、仮想通貨を生んだ「ブロックチェーン」を支えるネットワークシステムは、大きくなればなるほど分裂が必要になるような特性を持っているからです。

コンピュータとコンピュータをつないだネットワークは、20世紀半ばにコンピュータが発明された最初の頃は、システムの中心にいる「ボス」のような大型コンピュータが他のコンピュータを従えて、「命令-従属」の上下関係をつくって全体をコントロールしていく「中央集権型」から始まりました。その後、コンピュータ同士は「命令-従属」の上下関係がない「同格」で、お互いに情報を共有しあい、仕事を分担しあいながら決してバラバラにはならず、全体の秩序が成り立って仕事ができる、仮想通貨の基礎の考え方ともなる「分散型」と呼ばれるネットワークが登場しました。

「分裂」は、決して悪いことではない

ハードフォークと仮想通貨たとえて言えば、中央集権型のネットワークは社長を頂点とするピラミッド型の大きな会社組織のようなもので、分散型のネットワークはメンバーがお互い平等で、丸い輪になっている趣味のサークルのようなものです。それはお互いの「文化」が違うようなものだとも言われています。仮想通貨を生んだ「ブロックチェーン」のシステムは、後から登場した「分散型」のネットワークを利用しています。

中央集権型、ピラミッド型の会社組織は、新卒の募集を増やしたり、中途採用を増やしたり、どこかの会社を買収・合併してその社員を吸収したりして、社員数が増えてどんどん大きくなります。会社の業績が上向きに発展していれば、社員がどんどん増えても不都合はありません。そんな会社でもし「常務取締役のA氏が部下を大勢引き連れて独立」したら、どうなるでしょうか。50人や100人が一斉にやめるような事態になったら、それは会社の分裂を意味します。そうなったら業績や社員の士気へのダメージが大きいので、社長は引き止め工作を行ったりして、分裂による被害を小さく抑えようとするでしょう。基本的に言えば中央集権型のネットワークでは、分裂は秩序を狂わせる悪です。

しかし、みんなが平等な分散型の趣味のサークルは、必ずしもそうではありません。たとえば、ある町で結成された草野球を楽しむサークルがあったとしたら、9人に代打や控え投手など交代要員を入れても20人ぐらいまでが限界でしょう。メンバーが増えて40人も50人も集まったら、練習するだけで草野球の試合に出場して楽しめない人が20人も30人も出てしまい、おそらくメンバーの間に不満を呼ぶことでしょう。

それを解決するのが「分裂」です。もしサークルが30人に達したら、9人に交代要員6人を足して15人ずつに分けて、それを「Aチーム」「Bチーム」にすれば、メンバーはみんな試合に出られるでしょう。そのAチーム、Bチームともメンバーが増えて30人を超えたら、それぞれ「分裂」させて「Cチーム」「Dチーム」をつくればいいのです。60人が4つのチームに分かれたらリーグ戦ができ、試合の相手に困ることはありません。4チームがお互いに競いあって、実力もつくかもしれません。

その場合の分裂は、仲間割れでも内紛でもお家騒動でもありません。メンバーみんなが草野球を楽しめるようにし、野球の実力もつくかもしれない「前向きな分裂」です。分裂しても4つのチームは、その町の草野球リーグとして、一つにまとまっています。このように、一般的にはマイナスイメージがある「分裂」ですが、物事を改善し、スムーズに進められるようにできるすばらしい方法でもあるのです。

仮想通貨とその基本技術のブロックチェーンを生んだ分散型のネットワークでは、基本的に分裂は悪とは言えません。仮想通貨の分裂は、悪いこととは捉えられていないのです。どの仮想通貨における、どのような分裂であるかということにもよりますが、成長する、いい仕事をする、いい結果を残すためには、仮想通貨においての分裂はむしろ歓迎すべきことでもあるともいえます。仮想通貨のビットコインは、管理者が存在しなくても運営できる「非中央管理」を目指しています。仮想通貨においては、1台のボスが全体を支配する中央集権型のネットワークよりも、情報も仕事もみんなで分かちあう分散型のネットワークのほうが、適しているのです。

ブロックチェーンは「取引台帳」

少しだけコンピュータの技術的な話になります。仮想通貨の基本技術のブロックチェーンでは、その仮想通貨の分散型のネットワークの上に「取引台帳」のようなものをつくって仮想通貨のしくみを構築していますが、その規模が大きくなりすぎるといろいろと不都合が生じます。具体的には仮想通貨の売買の際の処理速度が遅くなったり、ウォレットからウォレットへの仮想通貨の送金に遅れが生じたりします。それは「仮想通貨のブロック容量」が限界に近づき、その仮想通貨が送金処理等のデータを処理する余裕がなくなってくるためです。

たとえて言えば、木がまばらな野原だったらまっすぐ行って早く着けるのに、木が成長して森になると障害物が多くなり、木と木の間をクネクネと迂回するため着くのが遅くなるのに似ています。でももう、その森を焼き払って野原に戻すことはできません。仮想通貨が発行されると、ブロックチェーンの「取引台帳」は現在利用中になるからです。何か問題があるからといって、その仮想通貨の取引台帳を停止したりしたら、大変なことになります。

ハードフォークとソフトフォークの違いは

仮想通貨ネットワークシステムは、大きくなるほど分裂が必要になる特性を持っているこの問題の解決策は、次の2つがあります。

1.「ソフトフォーク」 仕様変更
2.「ハードフォーク」 分裂(分岐)

仮想通貨の分裂を表す際の用語における「フォーク」とは食器のフォークのことです。フォークの先が3つ、4つに分かれているのを「分岐」にたとえました。ソフトフォークは、仮想通貨のブロック容量にデータを処理する余裕がないのであれば、データそのものを小さくしてしまえばいいという発想です。仮想通貨のブロックチェーン自体には手をつけず、ネットワークには大きな変更がないので「ソフト」と呼びます。森の中を通りにくければ、からだを小さくすれば木の間を通り抜けやすくなる、という理屈です。仮想通貨自体が分岐はすることはするのですが、「収束」といってすぐ元のサヤにおさまってしまいます。仮想通貨との互換性は維持され、名前も変わりません。

一方、ハードフォークは、仮想通貨のブロック容量にデータを処理する余裕がないのであれば、ブロック容量を新設して大きくしてしまえばいいという発想です。その時は、その仮想通貨のブロックチェーン自体の仕様もルールも変わります。森の中を通りにくければ、その森をそのままにして、新しく野原をつくって仮想通貨を分岐させるという理屈です。

仮想通貨が分裂すると、ブロックチェーンが分散型のネットワークの中につくる「取引台帳」も分裂して新しく1冊つくられて、新通貨が誕生します。元の仮想通貨とははっきり分離し、ソフトフォークのように再び一緒になるようなことはありません。キッパリと別れて元の仮想通貨との互換性は失われ、新通貨は別の名前がつくので、この分裂の仕方を「ハード」と呼びます。

ビットコインは2017年ハードフォーク2回

仮想通貨の代表、ビットコインは2017年に2回、ハードフォークが行われて新聞などでは「分裂」と書かれました。中には、当事者の間で意見の違いがあったのを、どこかのスポーツ団体の「内部抗争」のように面白おかしく書くメディアもありましたが、分散型のネットワークで意見の相違があり、それぞれの意見を尊重する形での「分裂」があるのは決して悪いことではありません。むしろ、中央集権型のネットワークのような議論もなく「ボスの命令」で何でも決まるシステムは、どこかの国のように反対意見が抹殺されて全く民主的ではありません。そこに文化の違いがあります。仮想通貨では、意見の違いがあって、議論してもまとまらない場合、片方の意見を抹殺するのではなく、それぞれが生き残り、理想とする目標に進んでいけるために「分裂」します。分裂というと悪いイメージがあるかもしれませんが、仮想通貨においては、このような前向きなことであるととらえるべきでしょう。

8月1日に「ビットコインキャッシュ(単位:BCH)」が、10月24日に「ビットコインゴールド(単位:BTG)」が、それぞれ分岐しています。ビットコイン以外の仮想通貨の代表格、イーサリアムも2016年6月、「イーサリアムクラシック(単位:ETC)」がハードフォークによって分岐しています。この場合も、開発陣の意見の違いにより分裂しました。どのハードフォークでも、仮想通貨の利用者に特に不都合は起きていません。仮想通貨は「分裂」してもケンカ別れしてしまったわけではなく、ビットコインのハードフォークでは「ビットコインキャッシュ」「ビットコインゴールド」というように「ビットコイン」のブランド(のれん)をつけて、まるで「のれん分け」したお店のように、ルーツがビットコインにさかのぼれる〃一族〃が増殖しています。それはまるで、ゾウリムシやアメーバのような単細胞生物が細胞分裂を繰り返して増殖していくかのようです。

ビットコインは2018年冒頭の次の分裂が早くも噂されていますが、そのように何度も分裂(分岐)をするからこそ、仮想通貨は利用者に迷惑をかけるようなシステム上の問題を起こさなくてすみ、仲間を増やして、発展していけるのです。逆に言えば、いつまでたってもハードフォークしない仮想通貨は、人気がなくて売買も閑散としているから分裂する必要性がない、とも言えます。繁盛とはほど遠いそんな仮想通貨は店じまいもしやすいので、人知れずひっそりと消えていくかもしれません。