「1USDT=1米ドル」の固定レートで利用価値大のブリッジ通貨だが、疑惑の渦中

アルトコインの「Tether/USDT」は現在、コインチェック(Coincheck)など日本の仮想通貨取引所では取り扱っていません。日本語版がある海外の取引所ではバイナンス(Binance)、クーコイン(KuCoin)で取り扱っていますが、日本円から直接交換することはできません。

交換レートは1USDT=1米ドルで固定

Tether/USDT徹底解説Tether/USDT(テザーUSDT/単位:USDT)は、2015年からアメリカのTether(テザー)社が発行しています。登記上の本社は「タックス・ヘイヴン(租税回避地)」の英国領ヴァージン諸島で、本社オフィスは香港です。「Tether」は英語で、西部劇でよく見るような、宿屋や酒場の前で馬を横木(バー)につないでおくロープのことです。きちんと結んでおかないと、馬は逃げてしまいます。では、仮想通貨Tetherは何をしっかりつないでおくのかというと、それは法定通貨の為替レート、法定通貨の価値です。

USDTとは「US Dollar Tether」の略で、そのまま通貨単位になっています。Tether/USDTは米ドル連動のTetherで、交換レートは1USDT=1米ドルで固定されています。では、円連動の「JPYT」やユーロ連動の「EURT」もあるかと言えば、まだありません。それでも将来、世界の主要な法定通貨と連動する仮想通貨Tetherを次々とつくるつもりだから、それらと区別できるようにTetherの次にUSDTがついています。

交換レートは1対1ではありませんが、中米や中東には「ドルペッグ制」と言って自国通貨と米ドルの交換レートを固定させている国があり、中国の人民元や香港ドルも2010年まではそうでした。メリットは、日本のようにアメリカとの貿易で得る収入が為替レートの変動に左右されるのが避けられることです。そのドルペッグ制を仮想通貨の世界でやっているのがTether/USDTです。

では、どんなメカニズムで米ドルとの1対1の固定レートを維持できているかというと、Tether社が仮想通貨の発行量と全く同額の米ドル資産を保有して、もし発行したTetherの全てについて保有者から「米ドルとすぐ交換してくれ」と要求されたとしても、その全てについて米ドルへの交換に応じられるからです。その「全量を米ドルと交換可能」であることが交換レートの固定と、仮想通貨としての信用の源になっています。

それは口で言うほど簡単ではありません。かつて人民元が「ドルペッグ制」をとっていた頃、人民元を発行する中国人民銀行と中国政府は、元とドルの交換レートと通貨の信用を維持するためにアメリカの国債を必死に買って買って買いまくり、今でも1兆1,760億ドル分を持つ世界一の保有国です(2017年11月末現在/連邦財務省「対米証券投資統計」)。2018年1月末現在、Tether/USDTは約23億USDTが発行されています。ということはTether社は約23億ドル分の米ドル資産(現金、アメリカの国債、連邦政府保証債など)を保有している〃はず〃です。

ドルと他の通貨との「ブリッジ通貨」を想定

仮想通貨というと、短期間で10倍になったり10分の1になったりと交換レートの値動きが激しいイメージがあり、それを利用して利ざやを稼ごうと投資の対象になっていますが、Tether/USDTは例外で、米ドルとの交換レートは1対1で固定です。それを指して「Stable Coin(安定コイン)」と呼ばれています。では、この仮想通貨は何を目的に生まれたのでしょうか? それは第1に外国為替の「ブリッジ通貨」になることです。

ブリッジ通貨とは、円や米ドルやユーロのような法定通貨同士の交換(外国為替)の際、たとえば「ユーロ→ブリッジ通貨→米ドル」「円→ブリッジ通貨→米ドル」というように、間にはさまる通貨のことです。法定通貨と法定通貨の間の「橋渡し」をすることから「ブリッジ(橋)」と呼ばれます。法定通貨に比べて交換手数料が安くすむ仮想通貨をブリッジ通貨として間にはさめば、コストはそれだけ安くすみます。

国内の銀行の窓口で円から米ドルに直接交換すると「TTS(対顧客電信売相場)」では1円(約1%)の手数料がかかります。しかし仮想通貨のリップル(XRP)をブリッジ通貨として使い、国内仮想通貨取引所で最もスプレッドが安いビットバンクで交換すれば、円→リップルの交換スプレッドは0.4円、リップル→米ドルの交換スプレッドは0.4円相当なので、合計で0.8円となり銀行の窓口よりも0.2円(20銭)安くなります。

そんな「ブリッジ通貨」として使うことを想定して生まれた仮想通貨としてはリップルの他にStellar(XLM)などもありますが、Tether/USDTにはリップルやStellarがかなわない大きな強みがあります。それは「1USDT=1米ドル」で交換レートが固定になっていることです。たとえば円から米ドルに交換する際のブリッジ通貨としてリップルやStellarを使う場合、銀行の窓口で直接交換するよりはるかにスピーディーですが、交換レートがたえず変動するので、タイミングによっては余計なコストがかかるリスクがあります。

そのコストがもし1米ドルあたり1セントだったとしても、ビジネスの取引で100万米ドル分を交換したら1万米ドルになります。日本円で100万円を超えるコストを放っておけるでしょうか? そんな交換レートの変動によるリスクは、Tether/USDTのように仮想通貨と米ドルとの交換レートが固定であれば、確実に回避することができます。そんなことから、Tether/USDTには「仮想通貨の基軸通貨になる」という期待が寄せられていました。

基軸通貨とは米ドルのような世界の法定通貨の中で中心的な役割を果たす通貨ですが、その仮想通貨版です。ビットコイン(BTC)のように対米ドルでも対円でも激しく値動きしないので、送金でも支払いでも、戦争や大事件が起きて他の仮想通貨から一時的に待避する時でも、安心して利用できると思われていました。もっとも現状は、日本の仮想通貨取引所ではTether/USDTを取り扱っておらず、円から直接交換ができないので、外国為替で銀行よりも手数料が安くなるブリッジ通貨のメリットを受けることができません。

その問題は将来、日本の取引所でも取り扱うようになれば解決しますが、実はTether/USDTは今、それどころでなく、運営するTether社が存亡の危機に瀕していると言っていいぐらい、大きな問題が生じている最中です。

生きるか死ぬか。Tetherの明日はどっちだ

世界の主要な法定通貨と連動する仮想通貨Tether社の存亡の危機とはひとことで言えば、Tether/USDTの「1USDT=1米ドル」の固定交換レートおよび、Tether社への信用の裏付けである「発行量と同額の米ドル資産を保有している」にいま、疑惑のまなざしが向けられていることです。1月末で発行済みの約23億USDTに見合う約23億ドル分の米ドル資産をTether社は持っているはずですが、米ドルの現金やアメリカの国債や政府保証債などを全部集めても「全然足りていない」と報道されました。

事の発端は、2017年11月にTetherが管理していた「ウォレット(電子的なサイフ)」にハッカーが侵入して、日本円で35億円相当のTether/USDTが流出した事件でした。そのあおりで仮想通貨への不安感が増し、ビットコインの交換レートも一時約4%急落しましたが、Tether社はすばやく流出分を全て無効化する措置をとり、容疑者のアドレスも特定。交換も使用もできないようにして二次被害を阻止しました。

この対応策が鮮やかだったのでTether/USDTは一躍有名になり、「雨降って地固まる」ということわざ通りに信頼感が増しました。 ところが2ヵ月後の2018年1月、Tether社と経営者(CEO)が同じのBitfinex(ビットフィニックス)という仮想通貨取引所がTether/USDTでビットコインをどんどん買ってビットコインのレートを高騰させたものの、Tether社からTether/USDTを手に入れる際に同額の米ドルの現金を渡していなかったというすっぱ抜き報道が飛び出しました。疑惑を強く否定してもTether社には規制当局の商品先物取引委員会(CFTC)や連邦議会の委員会が調査に入っています。

まだ出ていませんが、結果次第ではBitfinexに買い上げられたビットコインや、米ドル代わりにTether/USDTを多く保有する仮想通貨取引所に激震が走る可能性があります。

資産隠し、マネーロンダリングの手段に

Tether/USDTには別の問題もあります。それは「米ドル資産隠し」や「マネーロンダリング(資金洗浄)」の道具として使われているのではないかという話です。日本では全く自由ですが、世界には米ドルの現金やアメリカ国債のような米ドル資産の民間での保有を禁止している国、保有したければ事前の許可や届出が必要な国、保有できる米ドル資産の金額に制限を設けている国が、中国などの新興国、途上国を中心にけっこう存在します。

規制の抜け道、課税を逃れる米ドル資産の隠し場所として、米ドルといつでも1対1で交換できる仮想通貨のTether/USDTが使われているのではないかと、そうした国の当局からにらまれています。また、ワイロのような不正なカネを受け取った政治家や麻薬の密売組織が、貯め込んだカネを安全な場所に置いておき、もし捕まりそうになったら国外に逃げて米ドルに交換して左うちわで亡命生活を送るための「マネーロンダリング」の手段として、固定レートの仮想通貨Tether/USDTはとても便利です。

なんだか劇画の「ゴルゴ13」みたいな話ですが、世界には、仮想通貨をよからぬことに利用しそうな悪党はゴロゴロいます。疑惑の渦中でも今のところ「1USDT=1米ドル」の固定レートは維持され、多少タイムラグはありますが米ドルと円の交換レートと連動しています。現在、日本の仮想通貨取引所で取り扱いがなく、円から直接の交換はできません。日本語版がある海外の取引所ではバイナンスやクーコインで取り扱っていますが、疑惑の行方次第では取り扱いが変わる可能性があるので、ご注意ください。