2017年に大幅な価格上昇を見せた、仮想通貨取引で利益が確定(利確)した場合、税率の高い「雑所得となる」という見解を同年9月に発表すると、多くの投資家の間から失望の声が挙がりました。しかし、もっと深くため息をついているのが、つい先日発覚したコインチェックにおける、大量のNEM流出事件の被害者たちです。
コインチェック事件の経緯と補償についての運営発表
2018年年明け早々の1月26日、国内大手仮想通貨取引所であるコインチェックにおいて、不正アクセス事件が発生しました。事件当日のレートで、時価約580億円相当のNEM(通貨単位XEM)が他のアドレスに移動され、事実上盗難されてしまうという、仮想通貨市場最大級のハッキング事件として大騒ぎとなり、被害者数も約26万人に及んでいます。
事件を受けて、コインチェックを運営しているコインチェック(株)は、ただちにNEMおよびほぼすべての仮想通貨取引・他の取引所への送金、さらに日本円の入出金を停止しました。そして、同月27日深夜行われた記者会見において、同社の自己資本を原資として「保持NEM数×88,549円(停止期間中の平均レート)」を、事件当時の保有ユーザー全てにコインチェックウォレットへ、「日本円」で返金するということを示しました。
しかし、約100円程度にまで上昇していたNEMが、事件の混乱を受けて暴落したことで、含み益が減少している中での補償額について、ユーザーの不満は爆発しています。また、記者会見に登場する同社の大塚取締役が述べる、「返金原資は(日本円として)現預金で持っているので、債務超過にはならない。」という発言にも、強い疑念の声が上がっています。
事実、事態を重く見た金融庁は、同社に返金できるだけの預金が存在するのか立ち入り調査を進めており、同社が倒産し一切補償がなされないという「最悪の事態」もあり得ると、被害者の多くに不安が広がっています。
コインチェックが提示したとおりの補償が行われたとしても残る問題点
コインチェックが述べる通り、含み益が減少したとはいえしっかりと返金がなされれば、とりあえず一安心かと思いきや、そうはいかないのがこの事件の根深いところです。というのが、コインチェックが示している「返金方法」に問題があり、「日本円」という現実通貨による補償が行われた場合、強制的に「利確」されてしまうことになります。結果的に税率の高い「雑所得」として課税され、多くのNEMを所持していた被害者ほど、巨額な税金を納付する義務が出てきてしまうのです。
事実関係をわかりやすくするため、まだ注目されていなかったころレート「1NEM=10円」でNEMを購入したユーザーが、事件発生前のレート「1NEM=100円」で1,000万円相当のNEM(10万XEM)を「ホールド」していたとします。この場合、「100円-10円=90円」の含み益が出ていることになりその総額は900万円ですが、決済通貨として使用もしくは、円やドルなどの現実通貨に換金しない限り、この含み益は課税対象になることがありません。
一方、今回の事件による補償が同社が述べる通り実行された場合、その時点で含み益が強制的に日本円として利確されてしまうため、コインチェックが示した補償レートに基づくと、このユーザーは「88,5円-10円=78,9円」の含み益があり、総額約789万円が雑所得として利確します。雑所得の課税率は695万円超~900万円以下で「33%」と、同額の所得税率より10%高い税率になっているため、約260万円を一辺に納税しなくてはならないことになります。
もし事件が発生しなかった場合、このユーザーは自分の意志で利確を進めることができますが、一般的な所得税同様この雑所得に対する税率も、1年間で利確した総額が少なくなれば税率が引き下げられます。少々強引な計算ですが、今回の事件が起こらずNEMのレートが100円のまま推移したと仮定して、3年に分けて利確をしたとしましょう。
つまり、300万円ずつ小分けをして利確するわけですが、この金額での雑所得税率は一気に10%まで下がるため、「300万円×10%=90万円」が1年あたりの納税額となり、トータルで見ると実に170万円近く節税ができる計算になるのです。
大量所持していた投資家にとっては高額納税以外にもリスクが発生
前項で述べた例だけを見た場合、確かに多額の税金を納めることになるとはいえ、それでも500万円以上の収入が手元に残るからイイではないか、と考える方もおられるでしょう。しかし、仮想通貨は非常に値動きが激しい投資商品であるため複数の銘柄をホールドし、リスク回避をしている投資家が多数います。
そして、NEMなどといった比較的単価レートが安い、「アルトコイン」と呼ばれるビットコイン以外の銘柄は、利幅を望めるビットコインの「購入用通貨」として大量ホールドし、対ビットコインのレートが上昇したのに合わせて、ビットコインへ移行するスタイルを取る投資家もおり、彼らの中には今回のコインチェック事件で、納税義務発生以上の大ダメージを負ったケースが多く見られます。
というのが、まさにコインチェックでの事件が勃発する直前の、1月16・17日に2日間に渡って起きたビットコインの大暴落を受けて、コインチェックでビットコイン購入用のアルトコインとしてNEMを大量購入したユーザーが続発しました。事実、それに呼応するかのように、事件前夜の段階でのXEM/BTC交換レートは、1XEMあたり0,00009BTCと、過去最高水準を記録していました。
しかし、事件が発生して一切の取引が停止されると一気にそれは下落、執筆時点である3月初旬の段階では、0,00003BTCにまで落ち込んでしまっています。つまり、今後取引が正常化してビットコインに換金しようとしても、全盛期の3分の1の量のビットコインした入手できないという状況に、現時点のレートではなってしまっているのです。
では、返金が予定されている日本円で再度NEMを購入し、BTCの購入資金に利用すればいいのかというとそうもいかず、前項で触れた例をもう一度取り上げると、雑所得課税分を引いた純利益である約530万円で購入できるNEMは、執筆時点のレートである約35円で換算で約15万XEMです。枚数だけ見れば事件発生前より多く所持できるものの、事件前夜であれば9BTCと換金できたものが、半分の4,5BTCに留まる結果になります。
強制的な利確による雑所得としての重課税に加え、投資商品としての価値が事件によって大きく失墜してしまった点も、このコインチェックにおけるNEM盗難事件が与える投資家へのダメージを、より大きく深刻なものにしているのです。
損害賠償金として非課税になる可能性はないのか
今回のコインチェック事件は盗難事由となるので、返金される日本円が雑所得ではなく、税法上課税対象とならない「損害賠償金」に当たるのではないか、という楽観的な意見も多く見受けられます。しかし、専門家の分析を総合すると今回の事件における返金は、交通事故や他の不法行為による損害に対する、賠償金や見舞金などといった「非課税案件」として扱われないのではないか、という見方が有力です。
ただしそれも、現時点での税法上における見解であり、コインチェック運営に対して損害賠償請求を起こし、法廷において見舞金や損害賠償金という、課税対象とならない名目での返金を勝ち取ったケースでは解釈が変わる可能性があるため、それを目標とした複数の被害者団体が立ち上げられていますし、すでに訴えを個人で起こしているユーザーもいます。
含み損が発生している場合や補償が全くなされなかった場合の税対策
ここまで触れてきたのは、事件に関わらずNEMの保持によって、多少なりと含み益が生じているユーザーの税金についてですが、当然ながら事件直前にNEMを購入したユーザーの場合では事件発生に伴う価格の下落で、「含み損」が発生しているケースもあります。例えば100円で購入したユーザー場合、「100円-88,5円=11,5円」が損失となってきますが、こちらについては課税対象となる雑所得とは反対に、「雑損失」として他の雑所得から控除できる可能性があります。
上記の雑損失による控除は、全雑所得の10%以上ないと要件を満たしませんが、事件当時大量にNEMを所持していた場合は、他の雑収入に課される税金を大幅に節約できる可能性がありますので、しっかりと国税庁のHPなどで手続き方法を確認しておくべきです。
また、考えたくないところではありますが、膨大な額となる補償金を準備できず、資金繰りに行き詰ってコインチェックが経営破たんした場合、全く返金がされないという事態も想定されます。この場合では、事件当時所持していたNEMの購入にかかった「経費」がすべて、控除の対象となります。つまり、仮に30円の時点でNEMを購入したユーザーの場合は、「0円(補償がなされなかったときに利確分)-30円(購入経費)=△30円」を、他の雑所得から控除できます。
いずれにしろ、今回のコインチェック事件は、あまりにも被害金額や被害者数が膨大であるため、国税庁がその課税方法について、コインチェックへの指導を含め何かしらの対処策を講じる可能性があります。ですので、被害を受けたユーザーは冷静に動向を見つめ、自らの状況に合った税金対策を取るよう心がけるべきです。