仮想通貨は投資の手段や通貨としての用途だけでなく、事業資金などの調達にも使われるようになってきたものの、やはり大きなバックアップを担う信用機関がいないという点が常に付きまとっていました。その中にあって、強力なバックアップを持ち安心して購入できると、政府の発行する仮想通貨が脚光を浴びています。しかし、安全さが売りであるはずの政府が発行する仮想通貨なのに、ベネズエラが発行するそれは「新手の詐欺」とされているのです。一体なぜ、政府公式の仮想通貨が詐欺などと言われているのでしょうか。
ベネズエラが発行する仮想通貨のペトロとは
ベネズエラ政府は2018年2月、公式の仮想通貨として「ペトロ」を発行すると発表しました。この仮想通貨の利用価値を支える裏付け資本は、なんとベネズエラの地中に埋蔵されている原油であり、その特殊さが話題となっています。売り出し価格も60ドルと、原油1バレルに相当する価格が設定されており、ベネズエラの原油に紐づく仮想通貨だと言えるでしょう。
なお、発行上限は1億ペトロとなっており、総額で60億ドルを調達する予定となっています。この一部は2月20日から3月19日にかけて先行販売されていますが、当初3,840万枚のみを先行販売する予定だったところ、想定より多い8,240万枚が市場に出回る見込みです。
ペトロは、ベネズエラ以外の政府が発行している通貨や、ペトロ以外の仮想通貨を使っても購入することができるため、世界中の人が購入可能になっています。そういったところも、当初の予定より遥かに大量のペトロを流通させられた一因でしょう。しかし、その一方でベネズエラ政府自身が発行している法定通貨、ボリバルでは購入できません。
ただ、今回の先行販売では投資家に向けて60%割引を提案していたとの話もあり、実際どこまでの資金を調達できるのか、そして将来、本当に原油だけでペトロの価値を担保できるのかなど、不安に思われている部分があるのも事実です。
自国の通貨がインフレするほど立ち行かなくなったベネズエラの経済
ところでベネズエラ政府が今回、仮想通貨の発行に踏み切った理由はご存知でしょうか。その理由というのが、ベネズエラで今起こっている経済不安です。原油価格が低調であることや、独裁体制を作りつつあるマドゥロ大統領の資金源を断つため、アメリカが金融機関に対してベネズエラ国債などの新規取引を禁止する経済制裁を行ってきたことが、主な原因となっています。
原油安によって国庫は消耗され続け、国内の食料などはことごとく枯渇し、ついには自国の通貨が2,300%ものインフレを起こしたのです。これはつまり物価が24倍、法定通貨であるボリバルの価値は24分の1になってしまったことを意味します。日本で例えると、気が付いたら自販機のジュースが3,600円とかになるようなもの。いかに危機的な状況か、想像に難くないと思います。さらには、アメリカから経済制裁を受けているために外貨の蓄えも十分ではなく、ベネズエラは殆ど、価値が急落していく自国の通貨だけで何とかしなければなりません。
だからこそ、比較的簡単に外貨および外国の資産を集めることのできるICO、仮想通貨の発行による資金調達は、ベネズエラにとって最高の選択肢なのです。石油を担保にして発行している仮想通貨であるため、将来その石油は自国の財産にならないとはいえ、今の危機的な状況を脱せられるかどうかが最も重要と言えます。
しかし、事態は思ったよりも深刻なようです。石油を担保にしたペトロだけではなく、金を担保にしたペトロゴールドまで発表するなど、ICOを使っても賄いきれないほどベネズエラの経済は危機に瀕していると言えます。果たして、ペトロを発行してベネズエラの通貨インフレは本当に収まるのか、再度インフレが起こらないような経済成長を見せられるのか注目です。
財政危機を打開するための国債でしかないと指摘されたペトロ
ただ、「仮想通貨による資金調達は経済の傾いた国すら救えるのか」という夢のある話をする以前に、ベネズエラはもっと大きな問題に直面しています。ペトロを発行して世界中の投資家から国の資金を集める行為が、結局のところ国債を買わせているようなもので、アメリカやEUからの制裁逃れだと指摘されているのです。
なので、アメリカなど制裁を敷いている国々は、自国の投資家に対してペトロの購入を禁止する可能性すらあります。中国や韓国などといった大勢の投資家がいる国では規制が進んでいる今、アメリカやヨーロッパの投資家からも協力が得られなくなれば、かなり厳しい状況になると言わざるを得ません。一応、モラ貿易・国際投資相はブラジルやカナダなどを主な相手にするとしたようですが。
既に8,240万枚を売り、何十憶ドルも調達しているのだから問題ない、と思われるかもしれません。ところが、ベネズエラが現在抱える対外債務、つまり諸外国からの借金は1,300億ドルにもなっています。仮にペトロを売り切り、当初の目標である60億ドルが調達できたとしても、国の借金をたったの5%も返せないわけです。もちろん、この数十億ドルをすぐ借金の返済に充てるわけではなく、そのための元手とすれば完全返済の可能性もありますし、ベネズエラ大統領の腕が試されます。
石油を担保にしたペトロで財政を立て直すことが違法
そもそも、ペトロが石油を担保にして価値を維持すること自体が違法であるという声も、ベネズエラ国内の議会から上がっています。憲法で「国内に埋蔵されている原油を財政の保障にしてはならない」と定められており、今回のペトロがそれに抵触すると指摘されているのです。さらに、原油の前売りであるとの批判も多く受けています。
冷静に考えてみれば、将来ペトロを正しい価値のある仮想通貨として使える保証は一切ありません。仮に、今ベネズエラが埋蔵原油を全て掘り出した後であってそれらが保管されており、すぐにでも発行したペトロを原油に変えられるというなら話は別です。しかし、実際はまだ掘り出されてすらない原油が、仮想通貨の価値を担保する材料として含まれているのです。
購入したとしても、投資家は自分の好きなタイミングで売ることができず、原油価格の推移によってはその価値すら多く左右されてしまいます。挙句、ペトロを売っても手に入るのは現金でなく原油。その原油をどうにかできる投資家でなければ、どうしようもないのです。
セキュリティチェックもそこそこに慌てて発行されたペトロはやはり危険
ここまでペトロという仮想通貨について見てきましたが、「買ってみよう」という気持ちにはなったでしょうか。とてもじゃありませんが、なっていないと思います。実際に調べれば調べるほど、危険で価値の見出せない仮想通貨であることが浮き彫りになっていきます。
それどころか、今の仮想通貨界で大きな問題となっているセキュリティすらおろそかにされてしまっています。ベネズエラのマドゥロ大統領は、満足なブロックチェーンのテストも行われていない2018年2月時点で、既に販売を始めているのですから。
政府が公式に発行する仮想通貨であるにもかかわらず全く安全でなく、あまりにもハイリスクローリターンなペトロ。少なくとも、一般人が手を付けて良いものではないでしょう。代わりに、ベネズエラの原油という資源を狙う企業は、買うところがあるのかもしれません。