1月、仮想通貨業界を揺るがせたコインチェックのNEM流出騒動から早2か月が経とうとしています。この間、時には被害者の不安を煽るような情報も発信されましたが、コインチェックは盗まれたNEMを自己資金にて返金。完全ではありませんが、一部の通貨の売買、出金も再開されはじめ、世間の関心は少しそれているかのように見えます。そのような中、NEM財団が「NEMの追跡」を中止したことを発表しました。そもそも、NEMの追跡とはどのようなことを行っていたのか、今になって中止という判断に至ったことが何を意味するのか、考察していきたいと思います。
流出したNEMの追跡手段、mosaic(モザイク)
1月下旬、騒動を受け、NEM財団は「威信にかけてハッカーに勝つ」と犯人特定に全力を尽くすことを宣言。その特定するための機能として注目されたのがNEMのmosaicという機能です。この機能を使い、犯人のウォレットにマーキングすることで、盗難されたNEMの動きを制限するとともに、その経路から犯人の特定を行うことが出来るのではないかと期待がされていました。その機能を開発したのは日本の女子高生ハッカーといわれています。(あくまで設定ではありますが)
実際機能の開発、およびその報道は犯人に対して一定の抑止効果を持っていたと考えられます。騒動直後、犯人のものと思われるアドレスから少額のNEMが多数のウォレットに送金されるといった動きが検知されました。これは、犯人がmosaicのついたNEMの送受信にあたってどのような動きが検知されるかを実験していたと見られています。これにより、犯人が特定される、盗難されたNEMを売ることが出来なくなる、犯人が何らかの交渉に応じる(例えばmosaicのついたNEMとついていないNEMの不等価なレートでの交換に応じる)、といった効果を上げることが出来れば、NEMの信用、NEM財団の信用、ひいては仮想通貨業界全体の信用が上昇することも期待されました。
しかし、NEM財団が「NEMの追跡を中止した」というのは、mosaicの機能を消去し、この機能によりNEMの経路を確認することを中止した、ということを意味しています。
流出NEMはすでに半分以上が売却
mosaicの追跡により判明したところによると、残念ながら既に犯人は半分以上のNEMを無事売却している模様です。
その手段は大きく分けて2点です。
1.匿名性暗号通貨「DASH」との交換による資金洗浄
今回の流出したNEMの資金洗浄に使われたといわれているのはDASHといわれる匿名通貨です。仮想通貨全体がそもそも匿名性の高い性質のものではありますが、取引がブロックチェーンを通じて全世界に公開されているためその取引記録を辿っていくことにより、総保有資産の特定が可能となります。また、ウォレットと個人の紐づけが即座に行われるものではありませんがもしそこが特定された場合、その個人の総資産や、取引の記録からの資金の利用用途など、あらゆるプライバシーが侵害されるリスクがあります。「匿名性暗号通貨」とは仮想通貨の中でも取引記録や保有残高を他者に知られるリスクを排除することを「目指して」作られている通貨を指します。匿名性暗号通貨であれば、決済手段として用いたとしても、その記録から個人情報が特定されるリスクは低いとされていますが、一方で、匿名性と透明性はコインの裏と表のような関係であり、匿名性の高い通貨が犯罪や脱税など、違法性の高い資金のマネーロンダリングに使われるリスクは逆に上がるというデメリットがあります。
今回、残念ながら、匿名性暗号通貨の負の面が悪用されてしまったケースとなったようです。利用されたのは、なかでも有名な銘柄の一つである、「DASH」です。DASHは送金元のアドレスがブロックチェーン上に記録されない、という匿名性の高さと、即時決済機能を持ち合わせた、有力な匿名性暗号通貨の一つでしたが、今回残念ながらその機能は、盗難NEMの資金洗浄において便利に悪用されてしまったといえるでしょう。
なお、DASHはコインチェックでも取り扱いの行われている銘柄であり、かつ、現在出金や売却が再開されていない銘柄でもあります。コインチェックが金融庁からの認可を得ることが出来ていなかった理由の一つが、こういった資金洗浄のリスクのある匿名性暗号通貨を扱っていたためであるともいわれています。
2. ダークウェブを使った販売
インターネット上には、Google検索などの検索エンジンに引っかからない、「闇の部分」のようなものが存在し、一般に「ダークウェブ」と呼ばれています。少し前、学校でのいじめ等の温床になりうる「裏サイト」「闇サイト」なるものが問題となりましたが、ダークウェブはそういったものとは比べ物にならないほどに犯罪の温床となっている領域です。そこでやり取りされるものは違法そのもので、そういった取引でおなじみの麻薬は勿論のこと銃器、ナイフ、毒物などの凶器も売買されています。さらには、臓器や、盗難された優良な「社会保障番号」といったものも商品として取り扱われ、ダークウェブを通じた依頼殺人のようなものまで頻繁に行われているようです。まるで映画や漫画の中だけの世界のような話ですが、普段何気なく使っているインターネットの深層部分では、現実にそのような取引が行われているのです。
今回、犯人はダークウェブ上に、自らサイトを立ち上げ、そこで盗んだNEMを売却したといわれています。ダークウェブ上で、NEMが市場価格よりも少し低いレートで販売を行うことで、順調に盗難NEMを他の仮想通貨や法定通貨に変換していくことに成功しているようです。ダークウェブ上で取引されたNEMの送信元アドレスは何度か変更されており、これに伴って犯人を特定することも一筋縄ではいかないとみられています。
NEM追跡は失敗に終わったのか
NEM財団は今回の追跡打ち切りについて「ハッカーの換金を効果的に妨げた」「法的機関に有効な情報提供が出来た」と取り組みに効果があったことを主張していますが、この段階で追跡を打ち切った具体的な理由については明かしていません。また、「捜査に影響するため」として詳細の公表を行う意向もないことを示しています。
実際問題、追跡機能を実装、それを公表したことにより、当初は犯人も出方をうかがうかのように実験的な動きを行うなど、一定の牽制としての効果は挙げられたようです。かつ、NEMの洗浄手法も匿名通貨との交換や、ダークウェブでの販売など、動きが限定されることとなったことからも、犯人に効果がなかったとは言い難いものであることは想定されます。しかし、残念ながら現実として、流出したNEMの半分は既に換金されてしまっています。また、そういった流出NEMの売り圧力もあってか、この記事が書かれている2018年3月21日現在、NEMの価格は最高値の1/7、流出騒動があった当時からでも1/4程度の30円台前半を推移しています。こうした市場の状況は、一連の事件にかかわった関係各社が望んでいた状況とは言い難いのではないか、というのが正直なところです。
もちろん、詳細を公開していない以上、「打ち切った」理由が有力な手掛かりをつかんだ上で、あとは法的機関に委ねるのみで十分である、といった判断にいたったためであると考えることも出来ます。また、「追跡打ち切り」との発表自体に何らかの意図がある可能性もあります。もしくはMt.Goxの事件のように期間が経過してから犯人が判明するケースもありますので、犯人が捕まるか、もしくは時効を迎えるまで、本当の意味での決着はつきません。
騒動の中で判明した仮想通貨業界の光と闇
今回の騒動における今までの一連の流れのなかで、NEMや仮想通貨自体の安全性や将来性への期待が持たれた一方で、それだけでは事件の解決は容易ではないことも示されたといえるでしょう。また、匿名性暗号通貨が懸念されていた通りの形で悪用され、ダークウェブが有効活用されるなど、諸々の問題を再度認識する機会にもなりました。この騒動が本当の意味ではどのような形で、いつ決着を迎えるのかはいまだにわかりませんが、仮想通貨にまつわる様々な課題を今一度認識する意味でも、今回の一連の騒動について理解を深めておくことに大きな意義があるように感じます。