さる2月20日に南米ベネズエラの現マドゥロ政権が、自国後任の仮想通貨「ペトロ」の発行と先行販売を発表しました。ロシアの仮想通貨クリプトルーブルに続く世界でも数少ない国家主導の仮想通貨としても話題になりました。ただ、仮想通貨としての新奇性以上に現在のベネズエラが置かれた状況や3月19日に発表されたトランプ大統領の大統領令など、この仮想通貨の不安な先行きを表しているような情報も多数出ています。3月19日に先行発売が終わったということで改めて、仮想通貨ペトロとはどのようなものなのか、また現在発行元であるベネズエラや周辺の状況も改めて説明していきます。
仮想通貨ペトロとは
仮想通貨ペトロはベネズエラの現マドゥロ政権が発行を予定している、仮想通貨です。世界最大の産出国である石油資源と政府の信頼度に裏打ちされた通貨であるとされ、1ペトロ=約60ドル程度の価値があると発表されています。ハイパーインフレーションにあえぐ、また4月に返済期限が迫った他国への15兆円きぼの負債など、自国のおかれた経済状況を改善するため、苦肉の策としてマドゥロ政権が打ち出したものです。最大で20億ドルの外貨調達を行うことを目的としています。
ただ、ブロックチェーン技術に裏打ちされている仮想通貨といえば聞こえはいいものの、実質ベネズエラの国債ともいえるもので周囲の反応は冷ややかです。原因は大きく分けて二つあります。
一つは石油に本当に裏打ちされているかどうかという問題です。確かにベネズエラは世界最大の石油輸出国です。ですが、現状世界の石油市場は下落の一途をたどっており、毎年赤字続き。石油の採掘は続けていますが、そもそもいつでも破産しそうな状態で石油を担保とできるかには不安が残ります。また、前提として、仮にペトロの価値が正しくベネズエラの石油資源に担保されていたとしても現時点で、ペトロをベネズエラの石油に変えることはできません。ベネズエラの通貨であるボリバルに変える必要があるのです。
次の項で詳しく説明しますが、ボリバルはベネズエラの長年続くハイパーインフレの影響で全くと言っていいほど価値がありません。賢明な投資家が現時点で石油資源を手に入れるために、わざわざペトロを買って、そのうえでボリバルに交換、そのような面倒かつ、リスクの高い手続きをとると考えるのは難しいでしょう。
ベネズエラが置かれた状況
ベネズエラは前チャベス政権の時代から慢性的なハイパーインフレーションの状態にあります。IMFによれば現時点で13000%ほどにまで進んでいます。その背景には2013年に死去した、チャベス大統領が長年敷いてきたチャベス政権化で残された負の遺産が大きく影響しています。1999年から2013年まで半ば独裁体制となっていた、チャベス政権が反米左翼的な思想を持つ政権であったことは知られています。社会主義的な思想をもとに、貧困対策に乗り出したチャベス大統領ですが、社会主義的な思想からか、貧困層からは支持を集めたもののベネズエラの経済を握る富裕層とは長年対立関係にありました。
また、当然社会主義とは対極にあるアメリカにも明確な敵意を表明しており、長年対立関係にあり、そのことから経済制裁を受けています。
これ以外にもスペイン政府とも対立、こうした影響から自国内の経済状況は次第に混乱の一歩をたどりました。また経済制裁によって外貨を獲得できなくなったことからその傾向はより強まり現在まで続くハイパーインフレを生み出してしまったのです。
当然ながら、ジンバブエなどほかのハイパーインフレにあえぐ国と同様にベネズエラ国民は自国通貨で買い物をすることは困難を極めます。国の社会情勢の悪化は進んでおり、皮肉にも貧困層への対策、格差是正を目指したチャベス体制が残した負の遺産のために、より深刻な社会問題が起こっているのが現状です。そんな状況の中、多くのハイパーインフレ、経済状況の悪化に苦しむ発展途上国と同じように、国民は自国通貨ではまともに買い物ができないため、電子通貨を利用しています。
では、ペトロはジンバブエのDASHのように自国民が使える通貨化というとそうではありません。自国民は購入することすらできないのです。あくまでも外貨獲得のためにマドゥロ政権が打ち出したセ策であり、実際のところそれが国民にどのような好影響を与えるかも不透明なのです。こうした状況は私有財産を禁じた、自国憲法に反するとして反マドゥロ政権の立場である野党からはペトロの存在そのものが違法であるという批判もなされています。ベネズエラの豊富な石油価格とベネズエラ政府の信頼を担保に発行される予定のペトロですが、その両方の軸、どちらも現時点で信頼に足るものとは言えません。
しかも現時点でアメリカに限らず、ベネズエラは世界各国から経済制裁を受けています。そもそも制裁に賛同している所外国はペトロを購入することが法律に触れてしまう可能性すらあるのです。そのような明らかに不利な点を持ちながらも、ベネズエラ政府の発表によれば、現時点でぺトロは127ヵ国から171,015件の購入があったと中南米を対象とするテレビ局teleSUR(テレスール)がベネズエラ政府の発表をもとに、報道しています。
ロシアのスタートアップ企業「Zeus」がベネズエラのPetro立ち上げを支援したという情報も入っているのです。真意のほどは定かではありませんが、現時点である程度の売り上げが記録されている可能性もあります。
トランプ大統領が取引を禁止する大統領令を発表
ただ、先ほども説明したペトロそのものやベネズエラ政府が抱える問題もさることながら、最も大きな壁が立ちはだかりました。それが3月19日に米トランプ大統領が発令した大統領令です。
アメリカ国民がベネズエラで発行されるいかなる仮想通貨も購入することできないことが定められました。大統領令は議会を通す必要がないにも関わらず、議会で承認された法律同等程度の拘束力を持ち、実際に影響力を持っています。
大統領が持つ強い権力を表すものの一つです。トランプ政権では乱用されたことが話題になりました。現状クーデーターを起こす、憲法違反であると訴えるなど特別な行動を起こさないと向こうにすることができない大統領令、トランプ政権では数々の反対運動がおこりましたが、さすがにこれには反対運動は起こらなかったようです。
ベネズエラが発行するペトロの現時点での主要な購入通貨は米ドルです。ベネズエラ政府の話を正しいものとして受け取るならば、アメリカからも出資があるということ。つまり、トランプ大統領の大統領令によって、主要な外貨獲得先、ペトロの販売先が封じられたということになります。これは大きな痛手でしょう。ペトロの先行販売は3月19日付で終了今後はどのような見通しになるか、現時点では全く発表されていません。ただ、現状を考えると先行きはあまり良いものではないでしょう。
世界各国でのペトロ締め出しの影響
米大統領令の発布や世界各国でのペトロ締め出しはベネズエラのおかれた状況を考えればある種当然ともいえる結果です。その一方で不安も残ります。一つはペトロがうまくいかなかった場合のベネズエラ経済や国民がどのような不利益を被るかということです。現時点でベネズエラの国債は一部債務不履行の状況にあります。4月に迫った返済期限に間に合わなければ、完全に債務不履行状態に陥ってしまうのです。
ペトロはベネズエラが打ち出した最終手段とも言え、これがうまくいかなかった場合ベネズエラの完全な債務不履行はかなり現実味を帯びたものになってきます。仮に債務不履行状態に陥った場合には単純にベネズエラ自国経済だけでなく、世界的な影響も大きいものとなるでしょう。もう一つの不安材料はペトロが仮想通貨であるということです。仮想通貨は3月21日に採択されたG20にて、マネーロンダリングやテロ支援など不正利用される恐れがあるとして今後規制を行っていくべきだとされています。
仮想通貨関連技術の有用性を受けて強力な規制を避けるべきだとの認識が広まっていますが、その一方でドイツやフランスのように強硬に規制を求める国も依然として存在している状態です。今回の件でペトロがうまくいかなければ、こうした強硬派の意見を裏付けするような状態になる、あるいはほかの国も規制に向けてより強固な姿勢をとらざる得なくなる可能性があります。現時点でこの問題はどうなるかはわかっていません。ですが、うまくいっても失敗しても仮想通貨業界や世界に与える影響は少なくないでしょう。注意して見守っていく必要があります。