三菱UFJフィナンシャル・グループが発行する“MUFGコイン”の特徴
2017年10月に、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFGグループ)が、家電見本市「CEATEC JAPAN 2017」で、独自の仮想通貨「MUFGコイン」のデモンストレーションを行って話題になりました。日本最大のメガバンクが初めて作成したブロックチェーン技術を利用した仮想通貨ですから、否応無しに仮想通貨業界において注目を集めましたが、MUFGコインはビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)をはじめとする「今までの仮想通貨」とは性質・目的が大きく異なるものです。MUFGコインの特徴を簡単にまとめると以下のようになります。
・「1MUFGコイン=1円の固定価格制」なので価格は変動せず投資対象にはならない。MUFGコインは日本円と「等価交換」される仮想通貨である。円をMUFGコインに等価交換できる。逆にMUFGコインを円に等価交換することもできる。将来的には、スマホアプリをかざすだけでMUFGコインをその場で現金に変えられる専用ATMを設置する。
・365日24時間の送金が可能で、P2P送金(ブロックチェーンの分散台帳システム)で手数料が安くなる。複数人の間で「ワリカン」の決済機能を利用できる。「友達登録」で事前に送金先・請求先のユーザーを登録できる。送金先・請求先の間違いを未然に防いでくれるセキュリティーが高い。「目的別口座・グループ別口座」を作ってMUFGコインを管理できる。
ビットコインやイーサリアムとの違いとして、発行主体の銀行が管理するMUFGコインは「中央の管理者(中央で権限を持つ人・責任を負う組織)」がいない「DAO(Decentralized Autonomous Organization=非中央集権的・自律的な組織)」の仮想通貨ではないという事もあります。
等価交換の“MUFGコイン・Jコイン”は、ビットコインのようなリスク投資の魅力(価格変動)がある仮想通貨ではない
MUFGコインと似た銀行機関が発行する新仮想通貨として、みずほ銀行・ゆうちょ銀行が主導して地銀も加わるとされている「Jコイン」もあります。Jコインも「日本円と等価交換するための仮想通貨(1Jコイン=1円以外の交換はできない)」なので、ビットコインやイーサリアムのように「需給に基づく市場取引・価格変動」の影響を受けることはありません。
MUFGコインやJコインは、ビットコイン(仮想通貨)におけるマイニング(採掘)のハッシュパワーの供給や報酬をどうするのかについて詳細な報道は出ていません。あるいは、銀行発行の仮想通貨は、ビットコインのように一般ユーザー(マイナー)に対して、マイニング報酬を支払うような方式は採用しないのかもしれません。メガバンクの統制的な価値観からすれば、ビットコインでSegWit採用を巡ってコア陣営とマイナー陣営が内部対立を起こすきっかけになったような「マイナーの発言力強化」も受け入れがたいでしょう。
そもそもMUFGコイン・Jコインは「等価交換の固定価格制」なので、それらを長く保有していても「市場価値の上昇(プラスになる価格変動)」を期待することはできず、マイナーがマイニングを積極的に行う動機づけ(儲けられる可能性)に乏しいのです。マイニング報酬と合わせて、市場・需給で将来価値が高まるかもしれないという「仮想通貨のリスク投資の魅力」が、コンピューター機能を提供するマイナー(採掘者)を呼び集めます。しかし、日本円を等価交換するだけのMUFGコイン・Jコインにはコイン新規発行(マイニング報酬)の必要性がなく、価格が変わる投資対象としての魅力もありません。
そのため、メガバンクが「自社管理の高性能コンピューターのネットワーク(自社保有コンピューターがメインの役割を果たす分散台帳処理)」で送金取引記録の検証に必要なハッシュパワーを自己負担する可能性が高そうです。
MUFGコイン・Jコインと電子マネーの違い
MUFGコイン・Jコインは「1,000MUFGコイン(1,000Jコイン)=1,000円」というように、常に「日本円と同じ価値」しか持てない固定価格制を採用しています。Jコインは特に、銀行の預金口座とも連動させる予定なので、「法定通貨(円)の預金との違い」がほとんど無くなるでしょう。預貯金を銀行発行のデジタル通貨に置き換えるだけならば、銀行が預貯金の清算(数字合わせ)を行うために利用している日本銀行(中央銀行)の「日銀ネット」を、今まで通り使うことにもなります。
MUFGコイン・Jコインは、「法定通貨の預貯金(銀行口座)・中央銀行の日銀ネット(送金記録)=既存の法定通貨の昔ながらの仕組み」と密接に相互依存しています。その意味では、「法定通貨と異なる仕組みの新しい電子通貨を創設する」というビットコインから始まる「仮想通貨の発想」にはコミットしていないのです。「日本円の金額」をそのまま「MUFGコイン・Jコインの金額」に等価で移すだけであることから、銀行発行の仮想通貨(デジタル通貨)はSuicaやnanacoなどの「電子マネー」とどこが違うのかという疑問も生まれます。
MUFGコイン・Jコインの電子マネーとの違いは「個人間送金・汎用的なスマホ決済・銀行口座との連携」になりますが、仮想通貨市場の価格変動の影響を受けず、日本円と等価で連動する点では電子マネーに近い性格を持っています。メガバンク(銀行)がデジタル通貨を発行する目的は、「スマホ決済サービスでのシェア拡大・送金や人件費のコスト削減・デジタル通貨を使用できる店舗の商圏拡大(手数料収入)」ですから、その目的も従来の仮想通貨的な発想には基づいていないのです。
仮想通貨(ビットコイン)のパブリックブロックチェーンと銀行のデジタル通貨のプライベートブロックチェーン
ビットコインをはじめとする仮想通貨の取引記録の正確性を支えている基幹技術が「ブロックチェーン」ですが、仮想通貨のブロックチェーンは一般的に誰も(あらゆるコンピューター)が自由に参加して記録を監視・検証(承認)できる「パブリックブロックチェーン」です。パブリックブロックチェーンは「中央集権的な管理者・権限者」が不在であり、「マイニング(採掘)」と呼ばれる高性能コンピューターによるブロックチェーン(取引記録)の検証作業によって自律的に運用されています。
しかしMUFGコイン・Jコインは、メガバンクが実質的な「中央の管理者・権限者」としてブロックチェーンを監視できる可能性を担保したシステムで運用されます。そのため、一般的な仮想通貨(ビットコイン)とは異なるいわゆる「プライベートブロックチェーン」で運用される部分が出てくることになるでしょう。プライベートブロックチェーンというのは、権限のある一部の人間や企業組織だけしか操作できないブロックチェーン部分の仕様(ブロックチェーン参加の許可制)のことであり、「誰もが対等な権限で参加できる非中央集権的・自律分散的な電子通貨システム」であるビットコインに採用されているパブリックブロックチェーンとは理念も目的も異なります。
少なくとも、日本円と等価交換で連動している以上、「法定通貨とは異なる新たな仮想通貨創造の理念」には全くコミットしていないのです。市場原理によって価格が変動しないという他の仮想通貨との違いもあり、日経新聞など大手メディアはメガバンク発行のMUFGコイン・Jコインのことを「仮想通貨」ではなく「デジタル通貨」と呼ぶことが増えています。
MUFGコイン・Jコインが持つ未来の可能性
メガバンク発行のMUFGコイン・Jコインは基本的に「法定通貨の日本円」をそのままデジタル化しただけの「送金・決済の手段」なので、仮想通貨間で競争原理が働いたり法定通貨のリスクと切り離されたりしている「アルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)の一種」と見なすことはできないでしょう。
アルトコインは「仮想通貨としての性能(使いやすさ)・希少性」や「ニュースによる将来性・話題性」などによって、需給(現在価格)がリアルタイムで変動しています。そのため、イーサリアムやライトコイン、リップルの中でどれを買おうか(どの価値が高まりそうか)という「競争性・選択肢」が生まれます。しかし、日本円と等価交換するしかないMUFGコイン・Jコインは、すでに日本円を持っている人がその額面価値を保存するためにしか使えません。
MUFGコイン・Jコインはビットコインのように、それを保有しているからといって数年後にその価値が5倍、10倍になる可能性(逆に暴落する恐れ)があるような投機対象の仮想通貨ではないからです。「送金・決済」を目的にして、日本円の額面をそのままデジタル化する「電子マネー」に近いのです。MUFGコイン・Jコインが持つ未来の可能性は、「利用者・流通量がどこまで増えるか」と「送金手数料・店舗側の決済手数料をどこまで下げられるか」の相互作用(迅速な決済で手数料が安くなるほど利用者が増える)にかかっています。
日本円をデジタル化するメガバンクのデジタル通貨は、他の仮想通貨に市場競争で対抗する目的で発行されるものではなく、あくまで「銀行自身のコスト削減・ビジネス拡大」のために発行されるものです。Jコインに関しては管理会社が、利用者の購買・送金の履歴を「ビッグデータ」として蓄積し、匿名データにした上で他の銀行・企業と共有したり販売したりするビジネスが検討されています。MUFGコイン・Jコインは、利用者の購買・送金の履歴をマーケティングに生かす「ビッグデータビジネス」や「クレジットカードレベルの店舗でのスマホ決済」の分野で活用が期待されるのです。