アルトコインの「Maker(メイカー)」は現在、日本の仮想通貨取引所では取り扱っていません。海外の取引所では、「Bibox」「gate.io」「EtherDelta」「OKEx」といった比較的マイナーなところで取り扱っていますが、どれも日本語対応ではなく、日本円からMaker(メイカー)に直接交換できません。
仮想通貨Makerは仮想通貨Daiという人形を操る黒子
Maker(メイカー/単位:MKR)は2015年8月に誕生した仮想通貨です。2017年1月に公開されました。Maker(メイカー)の発行上限は100万MKRで、61万MKR以上がすでに発行済みです。名前はMaker(メイカー)と言っても「製造業」ではなく「供給者」というような意味です。政治の世界には「キングメーカー(Kingmaker)」という言葉があります。他の政治家を大統領や首相のような政界のトップの地位(キング)に押し上げて、その後ろだてになって言うことを聞かせる、政界の陰の実力者のことをそう言います。
そんな政権では「○○首相は××氏の操り人形だ」などとささやかれたりします。大手企業でもそんなキングメーカーがいて権勢をふるっていることがあります。では、仮想通貨のMaker(メイカー)は、何を押し立ててその後ろだてになっているのでしょうか? それは「Dai(単位:DAI)」というまた別の仮想通貨です。DaiはMaker(メイカー)の「兄弟」と言えるような仮想通貨で、Maker(メイカー)のほうが先に生まれた「兄」です。
「弟」にあたるDaiの最大の特徴は、米ドルとの交換レートが「1DAI=1米ドル」に固定されていることです。それを「安定通貨(Stable Coin)」とか「ペッグ通貨(Peg Coin)」と言い、中米や中東の国の法定通貨にもあります。ペッグとは「杭」という意味で、キャンプ場で杭(ペッグ)とロープでテントを地面に固定させるように、交換レートを動かないよう固定させます。
仮想通貨の世界でペッグ通貨といえば、1USDT=1米ドルの固定レートの「Tether(デザー)/USDT」がよく知られています。そのメカニズムは、運営するTether社がその仮想通貨の発行量と同じ金額のドル紙幣や米国債などの米ドル資産を保有していて、発行したUSDT全量が米ドルと即時交換可能という前提で交換レートの固定を保証し、維持しています。
しかしDaiの場合は、Tether/USDTとは全く違った方法によって固定レートを維持しています。それは兄弟コインの兄であるMaker(メイカー)が後ろだてになって弟のDaiの価値を保証し、交換レートを安定させるようにいろいろと「工作」するという方法です。「1DAI=1米ドル」の看板を出して表にあらわれているのはDaiですが、それは言ってみれば「操り人形」のようなもので、実質的に裏から操って管理しているのはMaker(メイカー)だと言っても間違いではありません。たとえて言えば、Daiは人形浄瑠璃(文楽)の人形で、Maker(メイカー)はそれを動かす黒子の人のようなものです。DaiはMaker(メイカー)と一心同体の仮想通貨で、兄のMaker(メイカー)がいなければ弟のDaiは全く動けません。
メイカーは価格変動リスクをDaiの分まで引き受ける
では、Maker(メイカー)という名の「黒子」は、裏でどんな役割を果たしているのでしょうか? ここでまた別の仮想通貨が登場します。アルトコインの代表格として知名度の高いイーサリアム(ETH)で、その大きな特徴は取引や契約の内容のデータを記録してそれを自動的に実行する「スマートコントラクト」です。
Maker(メイカー)は、安全性の高いイーサリアムのスマートコントラクトのしくみを利用して、Maker(メイカー)の保有者からDaiの交換レートを安定させるのに十分な資産の担保を集めています。しかしそれは、Tether/USDTが準備している法定通貨や債券の米ドル資産ではありません。Maker(メイカー)の保有者が入金した分の仮想通貨イーサリアムです。その資産価値を保証する担保に利用して、Daiが発行されています。これが、Maker(メイカー)独自のスマートコントラクトを利用する仮想通貨の供給メカニズム「CDP(担保付き債務ポジション/Collateralized Debt Position)」で、Daiの値動きを抑えて米ドルの交換レートを1対1に固定させるために「離れ技」を使います。
どうするのかというと、担保のイーサネットの対ドル交換レートの値動きに伴ってDaiの「1DAI=1米ドル」の交換レートが上にずれそうになったらMaker(メイカー)の交換レートが下がるように調整し、逆に下にずれそうになったら上がるように調整することで、交換レートの変動要因は全てMaker(メイカー)が引き受けます。そうすることで、Daiの交換レートの変動を打ち消して安定するようにしています。そのような、目標レートに自動的に調整されて、仮想通貨価格変動のリスクがコントロールされるしくみを「目標レートフィードバックメカニズム(TRFM)」と言います。
それはバネの弾力で自動車の上下の振動を抑えて乗り心地を良くする「ショックアブソーバー」のしくみに似ています。自動車がDaiで、バネがMaker(メイカー)にあたります。交換レートを水位にたとえれば、海のすぐそばに湖があって、海が満潮の時でも干潮の時でも、湖に流れ込む川が増水しても減水しても、海との間の水門を開け閉めしながら湖の水位を常に一定に保っているようなものです。そのように、兄のMaker(メイカー)は交換レートを変動させるさまざまな要素から弟のDaiを守る「防波堤」になっているので、Daiの分まで交換レートは大きく変動せざるをえないようになっています。
それでも価格変動が大きいのを「投資妙味(うま味)がある」と歓迎する投資家はたくさんいます。安い時に買って高い時に売るのなら、その間の上昇幅が大きいほど得られる利益は大きいからです。Daiの価格変動リスクが消されて対米ドルの交換レートが固定されれば、安定通貨、ペッグ通貨になり、送金の際に手数料を節約できる「ブリッジ通貨」や「支払の手段」や「貯蓄」に利用するメリットが出ます。一方、Maker(メイカー)の対米ドルの交換レートが大きく変動して、価格変動リスクをDaiの分まで引き受けるのなら、こちらは値上がり益を狙う投資用の仮想通貨としてのメリットが大きくなります。
兄弟コインが「二人で一組」のコンビで芸を披露することで、2つの仮想通貨それぞれの「特徴」「持ち味」が形づくられているわけです。もし兄弟がコンビを解消したら、弟のDaiは存在意義がなくなりますし、兄のMaker(メイカー)も「ピン(一人)芸」だけでは、投資用の仮想通貨としての魅力はかなり薄れてしまうことでしょう。
「自治組織」には決められないリスクもある
Maker(メイカー)は現在、日本の仮想通貨取引所では取り扱っていないので、円から直接交換できません。日本の取引所でいったん円からビットコインなど別の仮想通貨に交換してから、海外の取引所に持ち込んで改めてMakerに交換することになります。
Maker(メイカー)と円の交換レートは、2017年1月は1MKR=4,300円ぐらいでしたが、11月頃から急騰し、12月には一時230,000円を超え、1年で50倍以上になりました。仮想通貨の時価総額ランキングの上位にも顔を出したことがあります。
しかし2018年になると値を崩し、100,000円を割り込みました。そのように激しい値動きをみせていますが、もともとそうなるようにつくられています。2018年2月、「Tether/USDT」について「発行量に見合った米ドル資産を、実際には保有していないのではないか?」という疑惑が浮上し、アメリカでは大きな問題になりました。Makerの兄弟コインのDaiもTether/USDTと同じく米ドルとの交換レートが1対1の固定のペッグ通貨なので、疑惑の目はDaiとその背後のMakerにも及び、Maker(メイカー)の交換レートもつられるように急落しました。それでもDaiとMaker(メイカー)の兄弟コインがDaiの「1DAI=1米ドル」の交換レートを維持させている仕組みが、Tether/USDTのそれとは大きく違うことが理解されたのか、2月に急落した後の値動きは比較的安定し、底堅く推移しています。
DaiとMaker(メイカー)は企業ではなく「自治組織」が運営しているので、Maker(メイカー)の保有者は一定の利用料を支払っていれば、リスクのコントロールなどシステム運営のさまざまな局面で「承認の投票」や「提案」を行うことができ、仮想通貨のガバナンス(統治)に関われる権利を持っています。しかし、多数決で決めるガバナンスの結果、交換レートが下落して損失を被ったら、それは保有者全体の責任になります。権利には責任が伴うのが民主主義というものです。
また、ハッカーの侵入の脅威に直面するなど、いざという時の緊急対応を執行部に一任しておかないと、意見の取りまとめで意思決定が遅れてしまいます。運営が民主的であるがゆえのリスクも存在します。それは身近な町内の自治会やPTAなどでも同じです。大きな危機に直面した時、民主的な話し合いではなく、指導的な立場のある人物の独断によってピンチから救われ、その人物が英雄視されることがあるのは、歴史が教えています。固定レートのDai、交換レートの変動が大きいMaker(メイカー)は、それぞれに特徴と持ち味があり、将来性があります。変化が激しい仮想通貨の世界ですから、この先いつチャンスがめぐってくるか、わかりません。