ベネズエラが発行した仮想通貨ペトロと仮想通貨の価値を担保するもの

ビットコインなどの仮想通貨は「価値の担保」を持たないから信用できないのか?

ビットコインをはじめとする仮想通貨は中央集権的な管理者(強制権限を持つ者)を持たず、仮想通貨の価値を担保する「国家・中央銀行・実物資産(金・土地など)」を持っていません。その事がフィアット(法定通貨)に左右されない仮想通貨独自のメリットや可能性にもなっているのですが、「市場原理の需給」のみによって価格が決定されるため、「仮想通貨の未来を不暗視するニュース」が一つ流れるだけで価格が暴落するというリスクを排除することができません。

仮想通貨をまったく信用しない人や仮想通貨投資をハイリスクなものとして敬遠する人の多くは、「仮想通貨にはフィアット(法定通貨)のような価値の担保・保証がないこと」を問題視しています。仮想通貨の未来予測の一つとして、ビットコイン(BTC)を典型とする「パブリックチェーンに取引内容を記録・公開し、中央機関が管理しない自律分散的な仮想通貨=価値の担保を持たずに市場原理のみに従う仮想通貨」が生き残って発展するというものがあります。しかし現在は、取引所リスクの続発にビットコインの価格下落、世界的な仮想通貨の規制・監督の強化もあって、何ものにも管理されない自律分散的な仮想通貨の未来を疑う声も出始めています。

国家権力が一元的にブロックチェーンを管理する「仮想通貨のトークン」を作ろうとする動きもある

ビットコインはじめ仮想通貨の多くは「運営企業・国家・銀行の中央集権的コントロール」を排除して、自由市場で自律分散的(自動的)に運用していることに特徴があります。仮想通貨の理想は、「国家・中央銀行の裁量権限からの独立性」を持った「非中央集権的・自律分散的・匿名的な世界通貨」になることです。しかし、取引所で続発する不祥事や価格の乱高下を受けて、仮想通貨に「価値の担保・国の法規制」を求める声が高まっていることも事実です。

リップル(XRP)は、例外的にブロックチェーンを用いた非中央集権的な仮想通貨ではなく、「銀行も活用可能な国際的な送金手段」として一定の中央管理をしていますが、ビットコインやイーサリアムのような仮想通貨は「ブロックチェーンを用いた自律分散的な運用体制」を民主的な価値があるものとして守ろうとする理想理念が強いのです。コインチェック事件の不祥事や一般国民の監視強化の要請を受けて、日本でも仮想通貨交換業者(取引所)に対する「立ち入り検査による監視・処分」の動きが強まっており、先日も金融庁が日本国内の7つの取引所に対して厳しい「行政処分(事業停止処分・事業改善命令)」を下しました。

その一方で途上国(財政危機国)を中心に、国家・公権力自身が「仮想通貨のトークン」を発行(販売)して運用することで、資金を集めて財政赤字を補填しようとする動きも強まっています。国家権力が「国民番号管理制度(日本であればマイナンバー制度)」と「ブロックチェーン」を融合させた仮想通貨を運用することのメリット(利益)にも注目が集まってきているのです。

仮想通貨「ペトロ」を発行したベネズエラのマドゥロ政権と「クリプトルーブル」を開発するロシア

国家による仮想通貨(トークン)発行の動きは、今までロシアやイスラエル、イランなどの動向としてニュースで伝えられていました。ロシアは仮想通貨やICOの法規制を7月に強化しようとしていますが、「公式取引所の認定制度」と「国家主導の仮想通貨クリプトルーブル(法定通貨ルーブルと等価交換される仮想通貨)開発」を進めています。強権的なプーチン政権は、ルーブルを売ってビットコインなどの仮想通貨を買い進める動きや米国・西側諸国によるドル建ての経済制裁強化を警戒しているとされます。ロシアは、ルーブルと等価交換されるクリプトルーブルやロシア友好国と共同発行する国家主導の仮想通貨によって得られる「通貨価値を維持するロシアの国益(クリミア問題における米国の経済制裁に対する防御効果)」が大きいと見ているようです。

南米の強権国家の一つであるベネズエラは、約1400億ドルの対外債務を抱えて年間3,500~4,000%にも迫る物価上昇のハイパーインフレに見舞われている経済危機国(実質的な国家破綻に近い窮状にある独裁国家)です。毎日のように物価が上昇を続けており(法定通貨ボリバル・フエリテの価値が下落を続けており)、国民はまともな経済生活や買い物ができない状態に追い込まれています。ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は昨年12月に、自国産の「石油・天然ガス・金・ダイヤモンド」などによって通貨価値を担保できるとする「仮想通貨ペトロ(Petro)」の創出・発行(販売)を宣言していました。ベネズエラの潜在的な石油埋蔵量(実際の同国の石油生産高は減産傾向なのですが)に裏打ちされているとされるペトロは、世界で初めて国家が発行した仮想通貨になります。

約60億ドルの外貨獲得を目指す「仮想通貨ペトロ」は予想以上に買われた

ベネズエラのマドゥロ政権が2月20日から発行を始めた仮想通貨ペトロは、現時点で石油(潜在埋蔵量はサウジアラビアに次ぐ世界二位)によって価値を担保した「ペトロ(Petro)」と金によって価値を担保した「ペトロ・ゴールド(Petro Gold)」の二種類があります。ベネズエラが仮想通貨ペトロを発行する目的の第一は、「海外債務約1400億ドルのリストラ(外貨獲得による縮小)」であり、ペトロをできるだけ多くの外貨と交換することで国家財政の再建も目指しています。米国からの経済制裁(禁輸措置)の影響もある「ベネズエラの財政赤字・債務不履行リスク・物価上昇(ハイパーインフレ)」はあまりにも深刻なので、仮想通貨ペトロの販売だけで国家破綻の窮状を回復できるかというと難しいのですが、「追加的な国家歳入増加の手段」としてペトロは一種の社会実験になっているのです。

ペトロとペトロ・ゴールドは約60億ドルの外貨獲得を目標にしていて、「米ドル・ユーロ・人民元・ビットコイン・イーサリアム」のみで購入することができます。ベネズエラの事業計画では「1ペトロ=60ドル」で販売して、総額で「1億ペトロ(約60億ドル・約6,400億円)」の資金調達をする予定となっています。当初、ベネズエラの国家体制・通貨の信用力の低さとインフレ率の高さから「ペトロはビットコイン以上の暴落リスクがある」と言われて、ほとんど買う人はいないのではないかと見られていましたが、いざペトロの発行がスタートすると予想以上に買われてはいます。マドゥロ大統領は仮想通貨ペトロが127カ国の国・人々から171,015件も購入されたと発表しており、すでに「約30億ドル」の資金調達をすることができたとしています。ペトロを購入した国・人の中にはアメリカやドイツ、フランスのような先進国も含まれています。

仮想通貨の価値を“何(公権力・法定通貨・実物資産)によって担保するのか”がより問われる未来

ペトロとベネズエラ国債の違いとしては、ペトロは国債のように「規定の国債利回りがない・市場原理で価格が大きく変動する」という特徴があり、投機・投資商品としての魅力を感じた人が購入に回ったようです。ベネズエラの国家の信用力(支払い能力)の低さを考えれば、ペトロは「ハイリスクな仮想通貨」であることは間違いないのですが、ペトロ投資で注意すべきことの一つは「ペトロとペトロ・ゴールドは石油・金との直接的な交換価値の保証はない」ということでしょう。

ベネズエラ政府はペトロとペトロ・ゴールドは「石油(潜在埋蔵量)・金」によって価値が担保された仮想通貨であるとしていますが、保有するペトロを差し出したからといって「石油・金の現物」と交換できるわけではありません。ペトロ投資にあたって、ベネズエラの債務不履行などで、いざペトロが暴落したら限りなく価値がゼロに近づく恐れがあるというリスクは理解しておく必要があります。これから国家が直接的に仮想通貨の発行に関与して資金を集めたり、銀行が法定通貨と等価交換できる「MUFGコイン・Jコイン」のようなデジタル通貨を発行したりする事例が増えてくると予想されますが、特にベネズエラやジンバブエなどの財政危機国家(ハイパーインフレ国家)の発行する仮想通貨の信用力は、いくら国家が価値を担保するといってもそれほど信用できるものではないのです。

国家権力が運用する仮想通貨の国家にとってのメリットは、「国家が主催するICO(新規仮想通貨公開)による資金獲得・財政赤字補填+国民の金銭のやり取りの透明化による脱税やマネーロンダリングの防止」にあります。一般的に「国家」が後ろ盾になれば、ベネズエラでさえある程度の仮想通貨が買われたのですから、より信用力のある国家であれば「国家発行の仮想通貨」は相当に買われると予測されます。しかし、国家権力(中央管理者)がブロックチェーンによって国民すべてのお金のやり取りを把握して管理する「国家主導の仮想通貨」は、ビットコインから始まる仮想通貨の「非中央集権的かつ自律分散的な世界通貨の理想」から完全に逆行するものになるでしょう。