仮想通貨はセキュリティー維持のために、技術改善や仕様変更である「フォーク」を繰り返しますが、このフォークには今までのブロックをそっくり仕様変更するソフトフォークと、全く新しい方式のブロックを作り上げることにより旧ブロックとの互換性が消滅し、事実上分裂した新銘柄が誕生するハードフォークがあります。
そして、ハードフォークがなされると、銘柄の分裂に伴って時価や取引チャートが荒れてしまうことも多くなります。そして、今年に入り匿名性の高さや、セキュリティー体制の優秀から国内外で人気のある、仮想通貨モネロ(通貨単位XMN)がハードフォークを相次いで実施し、結果として大分裂をしたことで、投資家や利用ユーザーに混乱と戸惑いが生じています。
マイニングに特化したチップ「ASIC」の隆盛と弱点
ビットコインに代表される仮想通貨は、ブロックチェーンによる取引の認証によって運用されますが、数珠つなぎになっているブロックチェーンへ新しい取引履歴を書き込み、古い履歴と整合性を保つ認証作業には、膨大な量の複雑な計算をこなす必要があります。そして、認証作業に伴う計算を世界中にいるユーザーが、自身のコンピューターを用いて代行し、併せてその「報酬」として仮想通貨を受け取っています。それを「採掘」を意味するマイニングと呼び、複雑な計算を可能としている、コンピューターチップの一種が「ASIC」です。
マイニングに利用されるチップには、パソコンやスマホに内蔵されている、汎用性の高い「CPU」や「GPU」がありますが、ASICのマイニング性能はこれらより数段優れているため、現在ビットコインマイニングの主力チップに躍り出ています。一方、ASICは機能的に無駄をそぎ落としマイニングに特化したことで、その性能をアップさせているのですが、CPU・GPUと比較して柔軟性に乏しく、仕様変更であるハードフォークがなされると、マイニングに対応できなくなる欠点もあります。
ASICが問題視されている理由その1 取引の信頼性が損なわれる可能性
ASICは、マイニングを効率よく行うには向いているとはいえ、仕組みの開発には多額の資金が必要であり、このチップを使用することは一部の資金力があるマイナーにマイニング権が集中してしまうリスクが出てきます。仮想通貨は、特定の企業や国家当局の介入ができない「非中央集権型通貨」として、これまで多くの取引・決済ツールとして利用され、普及をしてきました。そして、マイニング参加への垣根を低く設定することでユーザー数を増やし、不特定多数で運用を行うことにより、信頼性を高めてきた背景があります。
しかし、取引や決済を認証する際必須であるマイニングを、スピーディーかつ大量にできるASIC機器がここまで広まってくると、認証作業とそれに伴う報酬を得るユーザーが偏ってしまう可能性があり、既存マイナーの利益を阻害するばかりか取引・決済への信頼性が失墜し、仮想通貨の存在そのものを脅かすリスクも出てきます。そのため、これまでも多くの仮想通貨コミュニティーが、ASICマイニング排斥のためにアルゴリズム変更などを実施しています。
ちなみに、ビットコインとビットコインキャッシュが分裂した、2017年8月のハードフォークは、取引履歴を圧縮しデータを減らす技術である、「セグウィット」実装の是非によって発生したものです。セグウィットの実装では、確かにビットコインが抱えていた取引属性・スケーラビリティ問題の解決を図ることができるとされましたが、その半面、一部の中国系企業に寡占されつつあったASICマイニングが、困難になるという問題が発生しました。
そして、上記したマイニングの分散による通貨の信頼性維持を目的に、より多くのマイナーにマイニングをしてもらうことを企図するコミュニティ側は、予定通りハードフォークによるセグウィット実装を強行し、既存利益を主張するマイナーとの分裂が起きた結果、新たな仮想通貨であるビットキャッシュが誕生したのです。
ASICが問題視されている理由その2 単独企業の独占による利権集中
ASICマイニング機器の製造・販売は、仮想通貨に対する規制の厳しい、中国に本拠を構える「ビットメイン社」が、ほぼ独占的に行っています。この1社集中の生産・流通体制こそが、仮想通貨コミュニティーの根幹を揺るがしかねない、と危惧されている最大の問題点です。ビットメイン社はASIC機器の独占販売により、大人気家庭用ゲーム「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」の開発にも参加した、アメリカ最大のGPUメーカー「エヌビディア社」の約20億USドルとも言われる営業利益を超えるほど、その業績を伸ばしています。
そして豊富な資金力をバックに、前述のビットコインのハードフォークに代表される、各仮想通貨コミュニティーが施してきた、「ASICマイニング排斥対策」を潜り抜ける新バージョンのASICマイニング機器をドンドン開発・リリースし続けており、仮想通貨コミュニティーのアルゴリズム変更と新たなASIC機器リリース合戦は、もはやイタチごっこの状態です。
もちろん、各コミュニティーは今後さらなるハードフォークで対策を取るものとみられますが、ビットマイン社のすさまじい開発スピードに、ついていけていないのが現状です。つまり、本来はマイナーや利用ユーザーの利益を守るために、行われるはずの仕様変更などの方向性が、ビットメイン社の動きに左右されかねない、一種支配的な状況になっているのです。
ハードフォーク連発!4つに分裂を見たモネロ
モネロは、そんなASICマイニングに最も強く危惧を抱き、対抗措置としてハードフォークを実施したのですが、問題になっているのは過剰反応ともいえるほどの乱発です。モネロは、もともとASICマイニングが難しい、「ASIC耐性」を持つとされていました。そしてモネロにとっては、DoS攻撃や51%アタックのような傷害が、発生する可能性の高くなるマイナーの寡占状態を防ぐことこそ、仮想通貨として存在価値を高めるための大命題です。
そのため、念を押すかのように2月11日のハードフォークによって、さらにASICマイニングが困難になる「クリプトナイト」というマイニングアルゴリズムに、バージョンアップしました。しかし、そこはビットメインも黙っておらず、早くもその翌月にはクリプトナイトのマイニングに完全対応した、「AntminerX3」をリリースしました。こうなると泥仕合の様相を呈し、4月6日には再度モネロがハードフォークを実施し、AntminerX3の無力化を図るとともに、立て続けに4月30日を目途に、再々ハードフォークを行うとの発表まで出されました。
しかし、この相次ぐハードフォークについて、コミュニティーやマイナーのすべてが賛同しているわけではなく、中にはASICの開発は健全なものであり、市場をより活性化させるために必要であると主張する開発関係者も出てました。また、ハードフォークによるASIC機器対策は、ASICマイニングでの中央主権化より、もっと大きなリスクを伴うという声も上がっており、彼らはモネロと決別し新仮想通貨プロジェクトを立ち上げました。
結果としてモネロは、Monero Classic(同名の2プロジェクトが存在)・Monero Original・Monero 0・MoneroCという、元銘柄を含めると実に5つの通過へ現在分裂をしているうえ、予告されている4月30日のハードフォークによって、さらにMoneroVという銘柄も誕生することとなります。そして、この相次ぐハードフォークと分裂への評価は割れていますが、チャートだけ見れば4月8日のハードフォーク実施前、「1XER=166USドル」ほどだったのに対し、執筆時点である4月17日現在では、「1XER=193USドル」辺りの高水準で推移しています。このことから、一般ユーザーや投資家にはモネロの対応が好意的に捉えられ、結果として一定の買い注文が、モネロには舞い込んでいると考えられます。
アルトコインの雄イーサリアムもハードフォーク実施か
前述したモネロによる、ASICマイニングへの過剰反応ほどではないにしろ、他の仮想通貨もだんまりを決め込んでいるわけではなく、業界第2位の5兆3,600億円を超える時価総額を持つアルトコイン「イーサリアム」も、ASIC機器を利用したマイナーたちを排斥するため、ハードフォーク実施への動きを早めつつあります。創設者の一人であるVlad ZamfirがTwitter上で行った、ユーザーへのハードフォーク是非に関する投票結果によると、参加者の約57%が賛同しているとの情報もあります。
もし仮に、アルトコインを引っ張るイーサリアムが、ハードフォークの実施でASICマイニングの締め出しを図った場合、仮想通貨のトップブランドであるビットコインや、他のアルトコインが追随し、ASICマイニング排斥の流れが世界的なトレンドになってくる可能性もあります。いずれにせよ、このASICマイニング排斥が仮想通貨市場の成熟と安定につながるのか、はたまたマイニング企業の撤退などによって市場規模が縮小するなど、自らの首を締め衰退への第1歩になるのか、今後の動きに注目が集まっています。