「ODEM(オーデム/単位:ODEM)」は2018年3月にICOトークンセールが終了したスイス発の仮想通貨です。教授と学生を直接結びつけ、大学の組織が関与せずに専門分野の授業を手頃な価格で学生に提供できる「オンデマンド教育」のプラットフォーム構築を目指しています。

オンデマンド教育では「学校」はいらない?

ODEMは、ICOトークンセールが2017年2月17日~3月19日に実施され、1億ODEM以上のトークンを販売し、約960万ドル(約11億円)の資金を調達しました。ODEMは「On-Demand Education Marketplace(オンデマンド教育マーケットプレイス)」の略です。ICOの目的は、「オンデマンド教育」のためのプラットフォームを仮想通貨のブロックチェーン技術で構築することです。

ODEMのホワイトペーパーによると、世界で初めての試みだそうです。バスの定期路線が廃止された地域には、電話をかけるとマイクロバスが来てタクシーを呼ぶよりも安い「オンデマンドバス」が運行されていることがあります。オンデマンドとは「需要があれば、それに応じて提供されるサービス」ですが、教育をオンデマンドで行うとは、需要が発生したら学生が授業の計画をつくって、適任と思われる先生にリクエストし、それに応じて先生が授業を行うという形です。

学生サイドは個人もあれば集団もあります。授業は双方向のオンラインで行うことも、先生が直接「出前」して行うことも、会場を借りて行うこともあります。授業を受けたら学生はその都度、授業料(報酬)を先生に直接支払いますが、それは世界のどこからでもODEMのトークンで決済されます。と読めばわかると思いますが、そこに「学校」は全く関与していません。

「学生が学校に入学し、授業料を支払い、学校がつくったカリキュラムに応じて、教室に集まった学生の前に先生が現れて授業を行う」という何百年も前からある〃教育の常識〃からすると、全く型破りな教育方法です。それはたとえば、子どものために個人教授の先生に電話してピアノやバイオリンのレッスンに来てもらい、そのたびに謝礼を渡すのに似ています。しかしODEMはそんなおけいこごとや家庭教師ではなく、レッキとした大学教育で、社会的な使命感に基づいてそれを行おうとしています。

日本と欧米の大学、大学生の違いを理解する

ODEMの社会的な存在意義は、日本で大学教育を受けた人には理解しにくいかもしれません。それを理解するには、日本と海外(特にアメリカ)の大学教育の違い、大学生の違い、大学をめぐるお金の事情の違いを頭に入れておく必要があります。大学は「単位制」で、3~4年間の課程を修了すると「学士号(バチェラー)」が得られ、大学院に進学すると「修士号(マスター)」や「博士号(ドクター)」が得られるしくみは、日本も海外も同じです。

日本では高校卒業後に大学に入学し4年後にそこを卒業して社会人になる人がほとんどで、キャンパスの学生は20歳前後の若者ばかりです。しかし海外では、いったん社会人になってから改めて大学に入る人、2つ、3つの大学を卒業する人、入学後に転部、転科したり他大学に転学する人、資格取得目的の科目履修生など、「大学生」と言ってもバラエティに富んでいます。キャンパスにいる30代、40代の人が先生ではなくて学生だということも、ザラにあります。

日本では親が学費を出し、足りない分を奨学金を受けて補う人が多いのですが、アメリカでは働いて学費を貯めてから大学に入る人、奨学金を2つも3つも受ける人、教育ローンを借りる人、企業が学費を負担する人が大部分で、学費全額を親が出すケースはあまり多くありません。日本でも奨学金返済が大変だと問題になっていますが、アメリカでも卒業後の教育ローンの返済負担が政治問題になっています。

ヨーロッパの主要国は政府の大学への補助金が多く、一部を除けば日本やアメリカより学費は安く抑えられています。学生生活も、日本は自宅通学以外は下宿やアパート・マンションで暮らすことが多いですが、海外の学生はキャンパス内に大学が建てた学生寮で寝泊まりすることが多く、その分、住居費も食費も安上がりです。

仮想大学で単位認定も学位授与も行う構想

大学の枠を超えた個人授業が可能にODEMは「いい先生の授業を安い費用で受けられる」ことを目指しています。日本は就職で「どこの大学を出たか」が重視されますが、海外ではそれより「どんな先生の指導を受けてどんな学問を学び、どんな学位を取ったか」が重視されます。ただ、いい大学はいい先生が集まるので、そこは学生のレベルも大学への評価も自然に高まります。

アメリカは私立大学への政府の補助が少ないので特にそうですが、評価を高めようと大学がいい先生を好待遇で招くと、いい学生が集まりますが、学費も高くなります。そのため、いい先生の授業を受けたければ学費がかかるのが半ば常識化しています。学費がかかると卒業後の奨学金や教育ローンの返済負担が増えて苦しむので、学力や意欲があっても経済的な理由で、いい先生について学業を修めることをあきらめる人もいます。

ODEMが問題にするのはそんなケースで、仮想通貨の力を借りていい先生の授業を安い費用で受けられる機会を保障します。それにはハーバードやスタンフォードなど一流大学の先生も賛同し、参加しました。プロジェクトの主体はスイスのODEM SAという企業ですが、シリコンバレーの起業家リチャード・マーグル(Richard Maaghul)氏がCEOとして加わり、ICOを成功させました。

大学がエリートの養成所だった時代と違って、今の大学の先生はフランスで五月革命、日本で全共闘運動が起きた60年代後半以後の「大学、学問の大衆化」の中でキャリアを積んできたので、カネ儲けよりも社会貢献を重視し、自分の学問の成果を貧富の差やエリート、非エリートの差を問わず、多くの人が学んでほしいと思っている人が大部分です。しかし中間には大学組織が介在し、建物や設備があってたくさんの職員が働いていますから、そのコストを考えると「学費を安くしてほしい」と言い出しにくい事情があります。

ODEMはそのジレンマを解決して、優れた学者と学生が、大学の外で手頃な費用でリアルタイムに直接教え、教わるプラットフォームを構築しようとしています。先生はあらかじめ授業内容を情報開示し、学生がそれを検索して受講を申し込みます。カリキュラムは著作権で保護され、学生がつくった模範的なコースプログラムをODEMで〃販売〃することも可能といいます。

世界的に有名な学者から直接学べても、大学外の「個人教授」では単位は認定されず学位も取れず、各地の自治体や東京大学も開いている「市民大学講座」と同じではないかと思うかもしれませんが、ODEMは「グローバルインターナショナルスクール」という名の校舎も事務局もないバーチャルな大学を開設し、独自に単位を認定して学位まで授与する構想を持っています。まさに「仮想通貨が実現させる仮想大学」ですが、「大学解体」とか「パラダイムシフト」などと言って既存の大学と敵対する意図はなく、お互い補完しあうなど共存共栄の道も探るとしています。

教育の世界の「シェアリングエコノミー」

ODEMの全発行量は3億9,696万ODEMです。技術的に言えば「スマートコントラクト」が売り物のイーサリアムベースのERC20コインです。プラットフォームは中間業者を介さない非中央集権的な「シェアリングエコノミー」のサービスでは実績があるOrigin Protcol社が開発したものがベースで、2018年6月までにβ版が公開されるスケジュールになっています。

交換レートは2018年2月に1ODEM=0.05ユーロ(約6円)で始まり、5月現在は1ODEM=17円台でおよそ3倍になっています。教育関係だけに地味ですが堅実な値動きです。国内の仮想通貨取引所には上場していませんが、4月に香港の大手取引所Bitfinexに上場しました。グローバル展開を行うODEMが重視する地域は、大学がひしめき進学率も高い欧米や日本よりむしろ、大学進学率が低いアジア、中東、アフリカ、中南米などの途上国です。特に中国には期待しています。

ODEMのサブテーマは「Unlocking Higher Education(高等教育のロック解除)」です。中世以来の歴史がある大学という「象牙の塔」を飛び越え、誰でも必要な能力と意欲があれば、個人と個人の関係で高水準の教育コンテンツにアクセスできる世界を実現しようとしています。教育の世界で、配車サービスのUberや民泊紹介のAirbnbのような「シェアリングエコノミー」を目指しています。

「そんなのは理想、いや空想だ」「個人間の学費のやりとりは不正が入り込みやすいのではないか」など批判もありますが、すでに全世界で200人を超える大学の先生がこのプログラムに関心を示しています。