ビットコイン相場の急騰と中国の仮想通貨規制の強度
2008年にサトシ・ナカモトが発表した論文『Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System(ビットコイン:P2P 電子マネーシステム)』を元に、大勢のプログラマーや研究者が協力して仮想通貨のビットコインが生まれました。仮想通貨ビットコインの取引が初めて行われインターネット上の市場に流通し始めたのは2009年ですが、2010年に「1BTC(1ビットコイン)=0.1ドル以下」だった価値が、2017年11月現在では1BTC =7000~8000ドル以上にまで跳ね上がっています。ビットコイン誕生初期の価格と比較して「約7万倍以上」になっており、「ビットコインバブル(仮想通貨バブル)」とも呼ばれる状況を生み出しています。
元々、ビットコインをはじめとする仮想通貨は、通貨である「人民元」の価値が十分に信用されていない中国で人気があり、ビットコインの大部分も中国人マイナーの保有するパソコンの演算能力によってマイニング(発掘)されたと言われています。2011年には、中国人運営の違法な闇市場サイト「シルクロード」が、手数料が安い匿名的な決済手段であるビットコインを悪用して摘発される事件も起こりました。
中国政府は元安(通貨不安)の原因となる「外貨保有=キャピタルフライト」に厳しい規制をかけています。国家為替管理局が「一人年間5万ドル相当以上の外貨購入」をできないように為替取引の金額を監視していたことで、外貨ではない仮想通貨に注目する中国人が増えたのです。元での資産保有に不安を覚える中国の富裕層の一部が、仮想通貨(ビットコイン)に資産を置き換え始めたことも、2013~2014年以降のビットコイン価格上昇の一因でしたが、「仮想通貨への資本流出」を危惧する中国当局が取引所閉鎖などの規制強化を図ったことで一時的な暴落も経験することになりました。
ビットコイン・キャッシュ分裂前からあったスケーラビリティー問題と陣営の対立
2013年頃から、中国人の仮想通貨市場に対する影響は「投資・投機(仮想通貨売買の金額)」においても、「マイニング(通貨発行の採掘)」においても圧倒的なシェアを誇ってきました。しかし中国当局の仮想通貨の規制強化後から、「仮想通貨ブーム」は新興国(法定通貨の信用の弱い国)の富裕層や先進国のアーリーアダプター(新技術に興味のある早期参入者)をはじめとして、世界各国に分散しつつあります。
今年後半のビットコイン価格急騰の原因の一つになったのが、8月に起こった「ビットコイン・キャッシュ」への分裂でした。ビットコインなどの仮想通貨は、取引記録の分散台帳システム「ブロックチェーン」の仕様の上に成り立っていますが、利用者が増加するにつれて「1ブロックの容量の上限1MB(約10分間の取引を数千件程度処理できる容量)」が足かせになってきたのです。ビットコインは1ブロックの容量の制約で「1秒当たり7回の送金能力」しか持たないため、利用者が急増するにつれて取引時間の長さや送金手数料の上昇といった「スケーラビリティー問題(規模の問題)」が深刻になってきました。
仮想通貨は管理主体を持たないとされますが、それでも仮想通貨の必要最低限のプロトコル(ルール)を設定する開発者陣営の「コア」、仮想通貨をマシンパワー+電力消費で採掘して供給する採掘者陣営の「マイナー(中国組織がマイニングの約7割を占める)」と呼ばれるコミュニティーが影響力を持っています。この両者がビットコインのスケーラビリティー問題を巡って意見の対立を起こしたのです。
○コア陣営……ブロックサイズを現状の1MBのまま維持して、ブロックチェーンは分岐させるべきではない。
○マイナー陣営……ブロックサイズを拡大して、ネットワークを高速化する改善をすべきで、ブロックチェーンを分岐させても良い。
「ビットコイン・キャッシュの分裂」におけるハードフォークとは何か?
ビットコインのスケーラビリティー問題に対して、コア陣営が出した改善策がビットコインの送金機能を拡充する「SegWit」でしたが、マイナー陣営(中国のコミュニティー)はチートマイニング(不正な採掘)とも批判される高性能ハードウェアの「ASICBoost」が使用不可能になることを警戒してSegWitに反対したのです。SegWitは“Segregated Witness”の略で、ブロック内のインプット(scriptSig)から署名・公開鍵などの情報を取り出し、別領域(witness)に分離することで、1ブロックの取引データを約60%縮減できる仕様とされています。正規のビットコインのブロックチェーンではないオフチェーンで取引を行う「ライトニング・ネットワーク」のアイデアも含まれています。
コア陣営は今までのビットコインである「ビットコイン・コア(Bitcoin Core:BC)」にSegWitの仕様を組み込むことを主張しましたが、一部のマイナー陣営はブロックサイズを拡大して新たな「ビットコイン・アンリミテッド(Bitcoin Unlimited:BU)」を作り、ビットコインのハードフォークを実行するという強い反対姿勢を示しました。
仮想通貨の分裂を巡る報道ではこの「ハードフォーク」という言葉をよく聞きますが、ハードフォークはソフトフォークの対義語で「互換性のない仕様変更・分岐」のことです。
○ハードフォーク……現行ブロックチェーンと互換性のない仕様変更による強制的な分岐。仮想通貨が分裂する。
○ソフトフォーク……現行ブロックチェーンと互換性のある仕様変更によるソフトな分岐。仮想通貨は分裂しない。
コア陣営に合意しないBU派の中国の大手マイニングプールViaBTCは8月1日に、ビットコインのブロックチェーンから「ビットコイン・キャッシュ」をハードフォークさせたのです。
ハードフォークによる仮想通貨分裂のメリットとデメリット
8月1日にビットコイン(BTC)から「ビットコイン・キャッシュ(BCH)」が分裂、さらに10月24日に再びビットコインから香港のマイニング集団によって「ビットコイン・ゴールド(BTG)」がハードフォークしました。ビットコインに由来するブロックチェーンの互換性のないオルトコインが、分裂で2つも新たに生まれたことになります。
仮想通貨のハードフォークの前例には、2016年7月20日に行われたイーサリアムのハードフォークがあります。これは6月に発生したイーサリアムのクラウドファンディング(The DAO)における約50億円以上もの資金流出事件を受けたものでした。ハードフォークによってイーサリアム(ETH)とイーサリアムクラシック(ETC,旧ブロックチェーンを継承)という2つの通貨に分裂しましたが、イーサリアムの分岐は事件後のセキュリティー強化と被害者救済のためという大義名分に基づくものでした。
仮想通貨はハードフォークで分岐すると、理論的には株式分割と同じで1通貨当たりの価格が半額程度に落ち込むと予測されますが、現実には「仮想通貨ブームの投機熱と上昇トレンド」によって、分裂すると逆に価格が高騰する現象が起こっています。仮想通貨の取引所はハードフォークで仮想通貨が分裂すると、「現在保有している旧仮想通貨と同数の新仮想通貨」を付与する措置を取ってくれますから、仮想通貨の投資家にとって、「仮想通貨の分裂(ハードフォーク)」は非常にメリットの大きなものになっているのです。しかしビットコイン・キャッシュの分裂騒動の前夜には、ビットコイン価格が急落したように、「恣意的なハードフォークによって仮想通貨の信用喪失・セキュリティー問題」が起こるかもしれないというリスクはあります。
ビットコイン・ゴールドの非中央集権的な分散システムを目指す原点回帰の理念
仮想通貨は人々の仮想通貨そのものに対する需要(マイニングの電力コスト)とブロックチェーンの仕組みに対する信用によって価値を生み出しているので、「ハードフォークによる仮想通貨の分裂」を繰り返していると、「技術的・恣意的な錬金術(チート)のイメージ」によって信用力が毀損されてしまうリスクがあるからです。ハードフォークは本来、安価でスムーズな送金取引が行えなくなる「スケーラビリティー問題」に対処するためにやむなく実施するという大義名分が必要なものですが、現状は開発者のコア陣営と採掘者のマイナー陣営(中国のコミュニティー)が主導権争いをしているように見える部分が大きいのです。
10月24日に分岐したビットコイン・ゴールド(BTG)は、「中国のマイナー集団によるマイニング市場の寡占状況の改善(高性能マシンを多数持っているマイナーでないと報酬を得られない状態の改善)」と「誰もが参加しやすいマイニング環境の再構築(プルーフ・オブ・ワークの仕組み改善)」を大義名分として掲げています。マイナー陣営の利益が絡むので、BTGのマイニング環境改善の実効性には疑問もあるようですが、仮想通貨の原点である「中央集権体制ではない分散管理システム」を取り戻そうとしている姿勢や理念は信用力を高める意味で評価できるでしょう。利害関係のある開発者やマイナーがハードフォークを繰り返すと、「管理者不在で誰にも恣意的にコントロールされない」という仮想通貨の分散管理システムの原点や信用が揺らぐ恐れもありますが、今は仮想通貨分裂と値上がりによる保有資産増加のメリットに参加者の意識が向きやすくなっています。
11月半ばには、さらにDigital Currency Group(デジタル・カレンシー・グループ)のバリー・シルバートCEOが提案した「SegWit2x(B2X)」に基づくハードフォークが行われる可能性が取りざたされており、また新たにビットコイン由来のオルトコインが誕生するのかに大きな期待と不安が集まっています。