ビットコインの相次ぐハードフォーク分裂と投機熱による価格上昇
11月に入ってから価格を“1BTC=8000ドル以上”まで異常に高騰させているビットコイン(BTC)ですが、この仮想通貨バブルには「TVCMなどによるビットコインの知名度の上昇」だけではなく、それ以上に「投機的ハードフォーク」による通貨分裂(保有量増加)への期待が影響しています。
ビットコインを2017年7月以前から保有している人であれば、8月1日の「ビットコインキャッシュ(BCH)の分裂」と10月24日の「ビットコインゴールド(BTG)の分裂」を経験していることと思います。BTGの付与については、まだ各取引所によって具体的な対応が違ってくる可能性があるようで、各取引所の出す情報に注意が必要です。ビットコインキャッシュの分裂時には、取引所が「BTCの現在の保有量と同数のBCHを付与する」という利用者保護の対応を取ったので、投資家は結果としてBTCと同数のBCHを保有することになり大きな利益を得ました。こういった前例が、現在まで続く投機的ハードフォーク(分裂による仮想通貨の保有量の増加)に期待する投資家心理とBTCの価格高騰を支えているのです。
ハードフォークは、仮想通貨の基幹技術であるブロックチェーンの「互換性のない仕様変更=分岐・分裂」ですが、そもそもビットコインでは市場を乱高下させるようなハードフォークが、なぜ繰り返し行われているのでしょうか?最近では、8月に分裂したばかりのビットコインキャッシュ(BCH)まで再び分裂するのではないかという記事がでています。BCHのソフトウェア開発を担う有力ノードの“Bitcoin ABC”が、技術的改善のためのハードフォークを11月上旬にも実施する予定であると宣言しています。
仮想通貨のスケーラビリティー問題とコア派の提案したSegWit
ビットコインがハードフォークによる分岐(分裂)をしなければならない正当な理由は、利用者急増を原因とする「スケーラビリティー問題・ブロックサイズ問題(規模拡大に処理能力が追いつかない問題)への対応」であるとされています。仮想通貨取引の円滑さとローコストな送金を維持するために、ブロックサイズの技術的問題を解決する必要があるというのです。ビットコインは1ブロックの容量の上限が“1MB”であり、1ブロックを記録する約10分間で「数千件程度」の取引処理能力しか持っていなかったため、利用者が増えてくると「取引にかかる時間の遅延・送金手数料の上昇」といった仮想通貨のメリットを台無しにしてしまう弊害がでてきました。
ビットコインがハードフォークを繰り返すもう一つの理由は、スケーラビリティー問題への対応に当たって、運営コミュニティー内部でコア派(開発者陣営)とアンリミテッド派(マイナー陣営・中国の組織が多い)の「内部対立」が激しくなったことがあります。ハードフォークに否定的なコア派は、スケーラビリティー問題の解決策として1ブロックの容量を変えずに送金機能を強化できる“SegWit(セグウィット)”を提案しました。しかし、アンリミテッド派はASICBoostによるマイニング(採掘)が不利になる懸念があったため、SegWitには合意しなかったのです。ブロック容量を1MBのまま変えない“SegWit(Segregated Witness)”の仕様は、ブロック内のインプット(scriptSig)から署名・公開鍵などの情報を取り出し、別領域の“witness“に分けて記録することで、1ブロック内のデータ量を約60%減らすことができるというものです。
現在話題になっているのは、事業者・マイナーらのニューヨーク合意に基づく“SegWit2x(B2X)”の方ですが、SegWit2xが本当に11月中にハードフォークすれば、これまでのBCHやBTGの時よりもビットコインの価値に与えるインパクトが非常に大きいと考えられています。
ビットコイン由来の各仮想通貨の「スケーラビリティー問題」に対する技術的対応策
ビットコインがハードフォークによるブロックチェーンの分岐をしなければならないそもそもの理由は、上述したスケーラビリティー問題ですが、ビットコインから分岐した各仮想通貨の仕様に基づく技術的対応策には以下のような違いがあります。
〇ビットコインキャッシュ(BCH:2017年8月)……ブロックサイズ(ブロック容量)を8MBまで大幅に増やして、取引処理の能力を拡張した。
〇ビットコインゴールド(BTG:2017年10月)……分散台帳の記録の正しさを証明するプルーフ・オブ・ワーク(Proof of Work:PoW)を改善し、仮想通貨のマイニング(採掘)を簡単にすることでマイニング参加のハードルを下げた。マイナーの数を増やすことで、取引を迅速化する。
〇SegWit2x に基づくB2X(2017年11月中に予定):SegWitで1ブロック内のデータ量や取引コストを減らしながら、ブロックサイズを2MBに増やすことで取引処理の能力を拡張する。
プルーフ・オブ・ワーク(PoW)とは、ブロックチェーンの分散台帳に参加している各ノード(各PC)に演算作業を行わせて、初めに条件を満たす数値を導き出したノードが生成したブロックが正しいと判断する(そのノードに報酬としての仮想通貨が支払われる)「作業の証明」の仕組みで、この仕組みによってビットコインはマイニング(採掘)されています。
香港のマイニング集団が分岐させたBTGは、「一部のマイナー(高性能なハードウェアを大量に持つ集団)によるPoWの寡占状況=反仮想通貨の中央集権的な影響力」を改善するため、一般的なPCでもマイニングしやすくなる“Equihash“というPoWのアルゴリズムを採用しています。
SegWit2x(B2X)とニューヨーク合意
“SegWit2x”という仕様は、Digital Currency Groupのバリー・シルバートCEOが、ビットコイン運営のコア派とアンリミテッド派の対立を調停するために出した折衷案のようなものです。SegWit2x はコア派のSegWitを、元のソフトフォーク案よりもブロックサイズが大きい2MBにするものです。SegWit2x はコア派のSegWitと互換性があるだけでなく、アンリミテッド派のビッグブロックサイズ(ブロック容量拡大)の主張にも応えているので、妥協可能な折衷案として2017年5月23日にニューヨークで「取引所(事業所)・アンリミテッド派のマイナー」らによって合意されました。
ニューヨーク合意(NYA:NewYork Agreement)の主な内容は以下の二点でした。ただし、コア派の開発者らは、大手マイナーに有利なSegWit2xに賛同していないと言われています。
〇ビットコイン参加者の80%以上の合意でSegwitをアクティベートする。
〇6ヶ月以内にブロック容量を2MBに増やす。
7月21日、SegWit2x案に対するビットコイン参加者の80%以上の合意が得られたため、SegWit2xがビットコインに適用される流れになっているわけですが、気になるのはやはり「具体的にいつ実装されてハードフォーク(分岐)するのか?」ということでしょう。報道では11月上旬から中旬にかけてSegWit2xによるB2Xのフォークが予告されていますが、具体的に何月何日の何時何分に分岐すると事前に決まっているわけではなく、ブロックチェーンの各ブロックに割り振られた固有ナンバーである「ブロックNo494784」で分岐すると決められています。ブロック生成にかかる時間は一定ではないので、実際にいつ分岐するのかにはタイムラグがありますが、以下のようなカウントダウンサイトでチェックすると良いでしょう。
https://bashco.github.io/2x_Countdown/
SegWit2xの実装は、タダで新通貨B2Xがもらえるだけとは限らない
SegWit2xによって“B2X”の新通貨が誕生すると、タダでビットコインと同数に近いB2Xがもらえるからお得というシンプルな考えから、投機熱を高めている人は多いのですが、実際にB2Xが分岐した場合に何が起こるのか、取引所がどのような対応をしてくれるのかには不透明な部分が多く残されているので注意も必要です。ビットフライヤーやコインチェックなど国内の主要な取引所は、原則として保有するビットコインと同数のB2Xを付与する方針ですが、「B2Xの安全性・安定性の確認後、付与を予定している」という但し書きをつけていて、「場合によっては付与しない可能性もある」としています。
B2Xにはビットコインゴールド(BTG)と同様に、「リプレイアタックに対するセキュリティー」が十分ではない可能性があり、B2Xを採掘するマイナーが大勢集まらなかった場合にブロックの安定した生成ができない恐れがあると言われています。そういったセキュリティーやブロック生成における大きな問題が起こった場合、B2Xは付与されないかもしれません。
もう一つのクリティカルな問題は、「オリジナルのビットコイン(BTC)」と「SegWit2x(B2X)」の各ブロックチェーンの扱いや存続が具体的にどうなるのかが事前には決められていないということがあります。B2Xのハードフォークは、BCHやBTGの分裂のような「タダで新しい仮想通貨がもらえる・別のブロックチェーンが生まれる」だけのものではなく、ビットコインそのもののアップデートであり、「オリジナル・ビットコインとB2Xのブロックチェーンの正当性を争う戦い」という側面も無視できません。
BTCのブロックチェーンの正当性を争う戦いを真剣にやることになれば、最悪、古いオリジナルBTCのブロックチェーンは破棄されることになりますが、実際には「約20%のSegWit2x(B2X)の反対者」がいるので、二つのブロックチェーンが並行して存続することになります。ビットコインのアップデートは本来、参加者の100%近い賛同を得られていれば「SegWit2x(B2X)のブロックチェーン」に一本化されるべきでしたが、現実には内部対立によって一本化は無理だったため、オリジナル・ビットコインとB2X(新ビットコイン)の市場評価の競争激化(非正当と見なされた側の暴落リスク)も予想されます。
※11月8日、SegWit2x(B2X)を推進していたグループが、「ビットコインコミュニティーで十分なコンセンサスを得られていない」として導入(実装)を延期すると発表しました。ハードフォークの分裂危機と暴落リスクの回避を受けてビットコインは高騰、一時約87万円の価格まで上がりました。「中止」ではなくあくまで「延期」としており、今後再びSegWit2x実装の時期を巡って混乱が起こりそうです。