「DAI(ダイ/単位:DAI)」は2017年12月に公開されたアメリカ発の仮想通貨です。米ドルとの交換レートが固定されることを目指す「安定通貨」「ペッグ通貨」です。Maker(MKR)とは兄弟のような存在で、この二つが揃うことで交換レートを「1DAI=1米ドル」で安定させるメカニズムが働きます。

米ドルとの交換レートを1対1に保つしくみ

junterao【DAI(ダイ)が目指す通貨】兄弟ペアの〃マジック〃で固定レートの安定通貨と目指す2017年12月に公開されたDAIには〃兄〃に相当する仮想通貨があります。それは2015年8月に公開されたMaker(メイカー/単位:MKR)で、DAIはその〃弟〃のような位置づけです。

DAI(ダイ)の最大の特徴は交換レートが「1DAI=1米ドル」で固定されることです。そんな通貨を「安定通貨(Stable Coin)」「ペッグ通貨(Peg Coin)」と呼びます。ペッグとは「杭」という意味で、まるで杭を打つように交換レートが動かないように固定させます。

ではどうやって「1DAI=1米ドル」に固定されるのでしょうか? そのメカニズムは複雑ですが、単純化すればDAIは〃兄〃のMaker(プロジェクト名は「MakerDAO」)の「操り人形」で、「黒子」役のMakerがDAIの交換レートが安定するよう、裏でいろいろな「工作」を行うのです。

利用するのは「CDP(担保付き債務ポジション/Collateralized Debt Position)」というものです。Makerは、イーサリアム(ETH)の「スマートコントラクト」のしくみを利用してMakerの保有者からイーサリアムを集め、それを自身の「担保」とする以外に、DAIにも担保として提供します。

しかし、イーサリアムを担保に差し入れるだけなら、イーサリアムと米ドルの交換レートの変動に比例して、DAIと米ドルの交換レートも動いてしまいます。それを動かなくするには、CDPとはまた別のからくりが用意されています。

イーサリアムと米ドルの交換レートの値動きで、レートが「1DAI=1米ドル」から「DAI安ドル高」方向にずれそうになったら、「DAI高ドル安」方向に戻るようにMakerがDAIの担保のイーサリアムを増額します。逆にレートが「DAI高ドル安」方向にずれそうになったら、「DAI安ドル高」方向に戻るようにDAIからイーサリアムをMakerに引きあげ、DAIの担保を減額します。そのイーサリアムの出し入れは、コンピュータ上で自動的に行うように設定されています。

たとえて言えば、浜名湖のような潟湖(塩水湖)と海の間が防波堤で仕切られていて、その水門を開け閉めすることで、海の潮位が満潮の時でも干潮の時でも、潟湖のほうの水位が常に一定に保たれるようなものです。このように、まるで〃マジック〃のように通貨が目標レートに自動的に調整され、価格変動がコントロールされるしくみを「目標レートフィードバックメカニズム(TRFM/Target Rate Feedback Mechanism)」と言います。

日本銀行の「公開市場操作(Open Market Control)」は、日銀が一般の銀行(市中銀行)を相手に国債を売ったり買ったりして円の通貨供給量(マネーサプライ)を調整し、金利の変動、円と外貨の為替レートの変動を抑えるメカニズムです。日銀をMaker、一般の銀行をDAI、国債をイーサリアムに置き換えたら、TRFMのメカニズムに似ています。

DAI(ダイ)が変動しないのはMakerの犠牲のせい

TRFMでDAI(ダイ)と米ドルの交換レートの変動は打ち消され、安定しますが、裏で工作したMakerの米ドルとの交換レートは、イーサリアムのDAIの担保への出し入れともあいまって、まるでDAIの安定化の犠牲にされたかのように激動します。

「Maker安ドル高」は「DAI安ドル高」でもありますが、自身の担保のイーサリアムをDAIの担保に回すと、よけいに「Maker安」になります。逆に「Maker高ドル安」は「DAI高ドル安」でもあり、今度はDAIの担保からイーサリアムを引きあげるので、よけいに「Maker高」になります。担保のイーサリアムの対米ドルレートの変動に伴いDAIの対米ドルレートが変動しそうになると、Makerは自身とDAIの両方の変動を一身に引き受け、自身の交換レートの激動と引き換えにDAIの交換レートの安定を保つのです。

Makerは2017年11月からのドル高で急騰し、1年で50倍を超える上昇をみせた後、2018年になるとドル安への反転でたちまち半減してしまいましたが、その間もDAIは「1DAI=1米ドル」でほぼ一定でした。

子どものケンカにたとえれば、弟思いの兄がいて、自分への攻撃も弟への攻撃も兄が全部引き受け、ボコボコ殴られている間に弟は無傷で安全な場所へ逃がされる、という感じです。時代劇の合戦では、若殿に初陣を飾らせるために古参の家来がバタバタ死んだりしますが、現代でも「誰かが誰かの犠牲になって食い止める」ことは政党、企業、スポーツチームなどさまざまな組織で見られます。それは美化されることもあれば、「○○残酷物語」と語られることもあります。

機能が同じTether(デザー)とはここが違う

兄弟ペアの〃マジック〃で固定レートの安定通貨と目指す「うるわしき自己犠牲」なのか「仮想通貨残酷物語」なのかは別として、Makerの捨て身の価格変動コントロールのおかげでDAI(ダイ)の対米ドルレートの変動は打ち消され、1対1で固定されます。それによってDAIにはどんなメリットが発生するのでしょうか?「安定通貨」「ペッグ通貨」のDAIは米ドル代わりに支払いや貯蓄に使われる他、国際送金では米ドルより手数料が安い「ブリッジ通貨」として利用されます。スキャンダル発生などで主要仮想通貨の値動きが安定しなくなった時には、投資家の資金の一時避難先にもなってくれます。

仮想通貨で、DAIと同じ目的で発行され法定通貨との固定レートのペッグ通貨といえば「1USDT=1米ドル」の「Tether(デザー/単位:USDT)」が発行量も多く、よく知られています。こちらは発行量と同じ金額の米ドル資産(ドル紙幣や米国債など)を保有して、発行した全量が米ドルと即時交換可能だという前提で固定レートを維持しています。それは、かつて中国政府が人民元と米ドルの交換レートを固定化させるためにとっていた方法とほぼ同じですが、DAIとはメカニズム自体、全く違います。

そのTetherは2018年2月、「Tether社は発行量に見合った米ドル資産を、実際は準備していないのではないか?」という疑惑が浮上しアメリカ連邦議会が調査に入るなど「テザーショック」が吹き荒れました。DAIにはそんな心配はありません。運営者の信用に依存していませんし、発行した全量が担保のイーサリアムと即時交換可能、とは約束していないからです。裏付け資産の担保価値ではなく、価格調整のテクニックによって交換レートを一定に保つのが、DAIだからです。

DAIとMakerがCDP、TRFMのメカニズムで交換レート固定の安定通貨、ペッグ通貨をつくり出すプロジェクト「MakerDAO」は、アメリカの複数のベンチャーキャピタルが計1200万ドル(約12億円)を投資して2014年に始まりました。ビットコインですらまだ一般的な知名度が低かった頃です。DAIの公開は、このプロジェクトが実用段階に達したことを意味しています。

レートが安定したまま時がたてば実績になる

DAI(ダイ)は発行量上限がありません。上限を設けると、「1DAI=1米ドル」の固定レートの維持ができなくなる恐れがあるからです。発行量は1,900万DAIあまりです。イーサリアムを担保にとってスマートコントラクトで管理しますから当然、イーサリアムベースのERC20トークンです。

国内の仮想通貨取引所はDAIの取り扱いがありません。海外ではメジャー取引所「Bitfinex」に2018年4月に上場しましたが、比較的マイナーな「Bibox」での取引が最も多く、他に「OasisDEX」「IDEX」「OKEx」「Gate.io」「Bancor Network」などでも購入できます。

交換レートは「1DAI=1米ドル」から全く動かないかといえば、誤差のようなずれはつきもので、時たま瞬間的に急騰、急落することがありますが、安定化のメカニズムが作動して元に戻ります。交換レート固定を目指していますが、ずれたことで発生した損失を補てんするような「保証」はしていませんから注意してください。

DAIのような法定通貨との交換レート固定のペッグ仮想通貨は確実な需要があります。海外には「Tether」「TrueUSD」「Boreal」などがあり、日本では円との交換レートが固定の「MUFGコイン」を金融最大手の一角の三菱UFJフィナンシャル・グループが発行しています。同社は、MUFGコインの発行量と同額の日本円資産を準備して、全量が円と即時交換できるようにしています。ユーロや英国ポンドとの交換レートが固定された仮想通貨も、すでに登場しています。

それらと比べると、DAIは米ドル資産の準備がない「トラストレス(保証なし)」の状態で、担保のイーサリアムをMakerとの間で出し入れする価格調整のテクニックで交換レートを安定させているので、頼りなく思えるかもしれません。それだけに「何が起きても固定レートは崩れませんでした」という実績が必要です。

2017年12月の公開からまだ半年たらずですが、固定レートをこの先もうまく維持し続ければ、TRFMに対する投資家の疑念も払拭され、信用度は時間の経過とともに増していきます。時の流れがそのまま実績になり、味方になるわけです。2018年4月にDAIの母体のMakerDAOプロジェクトと、アジアでオンライン決済を手がけ仮想通貨のトークンも発行する「OmiseGo(オミセゴー)」プロジェクトがパートナーシップ契約を結びましたが、信用度がより増すので、DAIにとってはグッドニュースでした。

もちろん、TRFMのメカニズムが破たんして固定レートが崩れ、二度と元に戻らなくなったら、それをもってDAIもMakerDAOプロジェクトも一巻の終わり、になります。