仮想通貨Tetherとはどのようなコインなのか?:Tetherは米ドルと連動したステーブルコイン
ビットコインをはじめとする仮想通貨全体の下落の大きなきっかけになったのは、1月26日に大量のNEM(約580億円相当)が盗難された「コインチェック事件」でしたが、コインチェック事件と合わせて同時期から騒がれていた問題に「Tether問題(テザー問題)」があります。Tether問題がどのような事件であるかを理解するためには、Tetherというビットコインなどとは原理的に異なる「特殊な仮想通貨」について理解する必要があります。Tetherは、香港に拠点があるTether社(テザー社)が発行している「ステーブルコイン(Stable Coin)」というタイプの仮想通貨です。ステーブルコインは直訳すると「(通貨価値が)安定したデジタルコイン」であり、ステーブルコインは法定通貨の額面価値とペッグされた仮想通貨のことです。
例えば、「1米ドル=1USDT(テザーの通貨単位)」や「1円=1MUFGコイン・1Jコイン」のような法定通貨の額面と連動した仮想通貨(デジタルコイン)のことをステーブルコインと呼んでいるわけです。ステーブルコインは現状では通貨価値が市場原理でほとんど変動しないという意味で、SuicaやEdy、nanacoのような「電子マネー」と類似の「額面価値の置き換え」の働きをします。Tetherの最大の特徴は「1USD=1USDT(USDテザー)」でレートがペッグ(連動)されているということで、ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)のように投機市場の需給による価値の上がり下がりを気にしなくても良いのです。
Tetherは「1USDT=1USD(1米ドル)」の中央集権的なステーブルコイン:米ドルをTether価値の担保にしている
仮想通貨のボラティリティー(価格変動率)の大きさは、価格上昇のチャンスであると同時に価格暴落のリスクにもなるので、投機家以外の人には敬遠されがちです。そこに法定通貨価格に固定されたTetherのようなステーブルコインの需要が生まれるのですが、特に海外取引所で「利確のタイミング」になった時に、いったんUSDTに換えておくとその後の価格変動リスクをヘッジできるわけです。さらにステーブルコインの特徴として重要なのは、「法定通貨によって確実に価値が担保されていること」にあります。ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)、リップル(XRP)といったドミナンス(市場占有率)の高いメジャーな仮想通貨であっても、究極的な価値を担保しているものはありません。市場で買ってくれる需要がなければ、最悪の場合、仮想通貨の価値はゼロに近づくリスクもはらんでいますが、価格固定のステーブルコインであれば発行企業が不正行為(=預かり資産である法定通貨の横領・流用・架空計上)をしていない限り、同量の法定通貨と同じ価値が常に担保されているのです。
Tether社は、Tether(単位USDT)と米ドル(USD)の固定レートを維持するために、Tether発行の際に同量の米ドルを保有・保管するルールを守っているとされます。投資家(顧客)から1ドルを預かって1USDT(テザー)を発行しているため、Tether社に不正がなければ常に「発行したUSDTと同量同額の米ドル」が保管されているはずなのです。しかしTetherは中央集権的なステーブルコインであるため、特定の監査法人以外の人・機関が外部から「本当にUSDTの発行量と同額の米ドルを保有しているのか」を確認しづらい問題もあるのです。
仮想通貨市場全体の信用を棄損するといわれた「Tether問題(テザー問題)」とはどのような問題か?
Tether問題とは、米ドルと連動して価値を担保されているとされるTether(USDT)に、本当は「米ドルの担保(法定通貨として保管されている現物資産)」など無かったのではないかという問題です。つまり、Tether社が顧客から預かっているとされる米ドルが、ビットコインやアルトコインの購入に回されたり他の目的に使われたりして流用されているのではないかという疑惑です。もう一つの疑惑は、Tether社と経営母体が同じ取引所Bitfinexとの癒着問題でした。BitfinexはTetherを大量購入していますが、その際に米ドルをTether社に預けずに、実質無料でTetherを調達している「違法な錬金術」をやっているのではないかというのです。
無料あるいは安価に調達した錬金術的なTether(USDT)を使って、Bitfinexがビットコインやアルトコインを買い支えて市場操作をしていたのではないかというのが「Tether問題」の概略です。Tether問題の本質は、Tether社が銀行に保有する米ドルよりも大量のTetherを発行しているのではないかということであり、この疑惑に対して米国商品先物取引委員会(CFTC)がBitfinex社とTether社の両方に召喚状を送って「約23億米ドル保有の証明」を求めたこともありました。海外取引所では初めに、法定通貨からTether(USDT)にいったん交換して、USDTでBTCやETHなどの仮想通貨を買わなければならないルールがある事も多いため、「USDTの時価総額」は「仮想通貨全体の時価総額」と拮抗するほどに大きいという問題もあります。
「Tether問題」でTether社にかけられていた不正疑惑の多くはとりあえず解決された:USDTの中央集権的な管理体制が招いた不信
米ドルとペッグしたTether(テザー)というステーブルコインは、海外取引所ではビットコインをはじめとする仮想通貨売買を媒介する通貨として大量に購入され流通しています。そのため、Tetherは「仮想通貨市場の流動性(売買規模)」を規定する特殊なコインになっているのです。Tetherの価値の後ろ盾になる米ドルが実際にTether社の銀行口座に存在していなかったとなると、「仮想通貨市場のエコシステム」が崩壊してBTCはじめ仮想通貨の大暴落が起こると予想されていました。現時点では、Tether社はTether(USDT)発行量に相当する「約23億米ドル以上の法定通貨」を保有していることは証明されたようで、無償でUSDTをBitfinexなどに横流ししていた疑惑は解消されたと見ていいように思います。
Tether問題が注目された原因の一つは、Friedman LLPという監査法人がTether社の監査業務から外れたことでした。その時点で、Tether社の財務状況や保有資産を外部の第三者機関がチェックする体制が無くなったため、本当にTether社はTether発行量に相当する米ドルを保有していないのではないかという疑惑が強まったのでした。Tether問題の前提として見落とすことができないのは、Tetherというステーブルコインがトラストレスなビットコインとは違って「中央集権的な仮想通貨」であり、Tether社という通貨発行会社(中央管理者)が全てを取り仕切っているという事です。しかし、「Tether発行量分の米ドル保有」と「新たな監査法人(元FBI長官が経営する法律事務所)による財務監査」によって、Tether問題の中心にあったクリティカルな疑惑は当面解決できた状態にあります。6月末には、Tether問題解決のニュースの一報によって、続落していたビットコイン価格がやや持ち直した期間もありました。
Tether問題は仮想通貨関連企業の経営・財務実態に透明性が無いために起きた問題:ステーブルコインの可能性
Tether問題は、コインチェック事件以降に日本の仮想通貨業界で繰り返されている「金融庁による取引所に対する監督強化」とも関連性がある問題です。金融庁は仮想通貨の大量流出事件が発生したことを機にして、「セキュリティー・顧客保護・顧客資産管理・マネーロンダリング防止(金融犯罪防止)」が不十分な取引所を締め上げ、業務改善命令・営業停止処分の行政処分を連発しました。裏返せば、これは今までの取引所(仮想通貨交換業者)の経営実態や資産管理状況、コンプライアンスが相当にいい加減だったという事であり、そのいい加減さを見抜けないほどに仮想通貨関連企業の経営・財務が「不透明な状態」にあったという事なのです。
Tether社は、ステーブルコインであるTether(USDT)の発行量と米ドルの保有量が釣り合っていることの積極的な情報公開をして来なかったために、監査法人が外れたことで「十分な米ドルを保有していない+無償でTetherをBitfinexに横流ししてビットコインを買い支えて市場操作した」という疑惑を招きました。Tether大量購入を媒介にしたビットコインの買支え疑惑は完全には解消されておらず、現時点でもBitfinexなどの取引所が違法なBTCの買支えをして市場操作をしていると訴えている識者もいます。Tetherは中央集権的なステーブルコインであるにも関わらず、経営・財務の実態が不透明であり「担保資産(米ドル)の信託管理+法的保護」もないため、仮にTether社が経営破綻したり大量のTetherをハッキングで喪失したと訴えたりすれば、保有分の米ドル返却がないリスクもあるのです。
法定通貨とペッグすることで価格が安定しているステーブルコインは、「中央銀行が発行する仮想通貨」と類似の性格を持つことから、実際の決済手段として流通する「未来のお金」にもっとも近いという意見もあるほどに可能性があるものです。また法定通貨で直接、仮想通貨を買えない海外取引所では、ステーブルコイン(法定通貨代替のコイン)が実質的な基軸通貨の役割を果たしている側面もあります。発行量が最大のTetherの問題は、中央集権的なステーブルコインにも関わらず、「第三者による監査体制」が無かったことであり、そのために経営実態が不透明になってしまった事です。ステーブルコインの信用は「法定通貨(米ドル等)」で担保されていますから、重要な担保である「法定通貨の保有分」を確実に第三者がチェックできる規制を強化して財務の透明性を高める必要があります。