一昔前、「日利1%」などという高額の利息がつくビットコインのねずみ講のような「投資」案件が沢山出ていました。そういったねずみ講のような案件は例外なく短期間で跡形もなく消滅し、ごく僅かな逃げ切ったねずみ講勝者と、大量の逃げ遅れた敗者を生み出してきました。そのほとんどが、「(異様に)高額な配当」に加えて、「MLM形式で流通させる」という特徴を持っていました。

今年に入って大暴落したBitConnectもそうですし、他のコインでもMLMのような側面を持っているコインが少なからず存在します。結論を先取りすると、そういったコインに関わることは違法な「ねずみ講」に関わることと同義になる可能性をはらんでいます。今回は「MLM」と「ねずみ講」について、それぞれを別のものと扱ったうえで、仮想通貨と「MLM」「ねずみ講」との関わりと考察していきたいと思います。

ネットワークビジネス/マルチレベルマーケティングとは

仮想通貨とねずみ講ネットワークビジネス、マルチレベルマーケティング(MLMと略す場合も)というのは、まったく同じ意味合いで使われるので、以下MLMにて統一します。MLMとは製品やサービスの流通手段の一つとして口コミ、およびその口コミに対する報酬を利用する「ビジネスモデル」です。

Aさんが製品を使いそれを気に入って、知人Bさんに紹介する。Bさんもそれを気に入って買うようになると、その購入金額の一部がAさんに報酬として入ってきます。これだけであれば「アフィリエイト」と変わらないのですが、MLMの場合、このBさんが知人Cさんに紹介した場合、当然Bさんには紹介料が得られるのですが、それだけでなくBさんの紹介者であるAさんにも報酬が入ります。

こうして紹介者の紹介者、以下同様、と延々と流通ネットワークの上位にいる紹介者に対し報酬が振り込まれ続けます。かつては物議を生んだものの、法律の制約のものに「合法」と認められているビジネスモデルです。「口コミ」と「口コミ料」から広がっていくため、本当に良い物であればその評判と共に大きく広がることが期待できる一方で、口コミ料が目当てで良いと感じられていないもの、良くない物が拡散されてしまうリスクも孕んだモデルです。

また、流通にかかわる個人の側から見ると、初期から参加したり、自身で努力して販売網を拡大したりすることで、資本や経験がなくても莫大な報酬が得られる側面がある一方、強引な営業や洗脳じみたミーティングなど、人間関係の亀裂を生みやすい要素も含んでおり、世間一般には否定的なイメージを持つ方が多いのも事実です。

MLMとねずみ講の違い

一言でいうと、MLMは合法、ねずみ講は違法です。厳密にいうと大枠では合法なMLMのくくりの中で、違法とされているのがねずみ講です。具体的に何が違うかというと、製品やサービスの流通を「目的」とする「手段」として流通網が構築され資金が流れるのがMLM、一方で、流通網が形成されることが「目的」になっているのがねずみ講です。

ねずみ講は、流通網が形成されるだけで、商品やサービスが流通しなくても、ねずみ講の階層の上位にいる人間が、ねずみ講の下位にいる人間の資金を吸い上げる形で利益を得るモデルが形成されています。実際に物を介さないケースは完全にねずみ講ですが、一見合法的なMLMに見えても流通している商品の価値に対し、その価格が不当に高額な場合はねずみ講に分類されます。

仮想通貨の流通網はMLMなのか、ねずみ講なのか

仮想通貨の流通網が「MLM」か「ねずみ講」かは、仮想通貨の価値に対する市場のニーズで決まる流通に中身があるかどうかで合法なMLMと違法なねずみ講を判断する場合、仮想通貨の流通にMLMを用いているとすると、その扱いは極めて難しいものになる、というのが筆者の見解です。なぜなら、仮想通貨が価値を持つかどうか、というのは市場のニーズで決まるものであり、中身がある、ない、といったことを一概にいうことが出来ないからです。

資金を集めて逃げることが目的のねずみ講のような詐欺コインでさえ、市場で多くの人が「買いたい!」と思い、高値が付けば「価値がない」とは言い難くなってきますし、現在(最高値からは離れているといえ)高額な単位で取引がされているビットコインですら、市場の誰もが見向きもしなくなってしまえば、「価値がある」とは言い難いのです。

あえて考えるとするならば、仮想通貨を流通させる報酬が仮想通貨であるならば、流通させ、さらに報酬として受け取った仮想通貨について、その流通に関わったプレーヤーの思考のバイアスとしては、その仮想通貨は価値のあるものに違いないという方向に動きます。そういう意味では「価値があることを信じている人が一定数いる」という事実そのもので、その仮想通貨が価値を持つという可能性はあります。

一方で、それが普遍的な価値を持つかどうかは市場に価値判断を委ねてみないとわかりません。ごく一部の特定の人たちの間でしか価値を認められないものであれば、それはねずみ講のような一般に価値を持つ「流通の対象」とは言い難いのではないでしょうか。

仮想通貨とMLMの負の側面の一致

仮想通貨をMLM方式で流通させたとき、その価値の妥当性は判断が非常に難しいというだけでなく、それぞれの負の側面が一致し、時に何の価値もないものを爆発的に流通させてしまうことにもなりかねません。つまり、ねずみ講のように「楽をして稼げる」という印象をもたれやすいということです。

仮想通貨は2017年、数十倍、数百倍といった値上がりを見せ、早くから目をつけて仮想通貨を保有していた人、数百倍上昇の銘柄をたまたま持っていた人など、本人の投資やビジネスの能力とはあまり関係がない中で大金を稼いた人も出てきました。かたや、MLMも正当に努力をして、収入を得ている人がいる一方で、早いうちに参入し、ねずみ講のように流通網の上位のポジションをたまたま持っていただけで、ねずみ講のように努力もせず、才能もなく、大金を「稼げてしまった」人が出てくる世界です。

こういった、いわば両者の「負の側面」を見て、「自分も楽をして稼ぎたい」というねずみ講的な軽薄な動機で参加してくるプレーヤーが増えた時、その市場自体が悲惨なものになることは想像に難くないでしょう。現に、現在のネットワークビジネスの印象の悪さは、そういったレベルの低いディストリビューターによって形成されている面は多分にありますし、仮想通貨の昨年末の暴騰も、現在の低迷も、仮想通貨を軽薄にねずみ講のような投機対象として流れ込んだ大量の資金が一気に引き上げたことによる影響は大きいといえます。

こういった、レベルの低いねずみ講的プレーヤーの参入により、本来であれば価値を持ったかもしれないコインに結局価値がなくなり、ねずみ講に近いようなものに終わってしまうというリスクは多分に孕んでいます。

本当に良い通貨は仕組みに頼らず、流通を待つべきもの

MLMは口コミを用いて商品を広めていくものですから、商品のファンを作り、拡散していく、という点において、「コミュニティの強さ」が物をいう仮想通貨との親和性はある点では高いのかもしれません。流通しなければ意味を持たないため、流通網を形成していくモデルも一見合理的です。

ただし、仮想通貨の価値を決めるのが「市場」であり、また、価値のない物を流通させるための流通網のねずみ講的構築は、法の保護を受けることが出来ないねずみ講になってしまいます。そのねずみ講のリスクを冒し、流通させた人間に高額の報酬を与えながら流通を作っていくことが、仮想通貨の本質に沿ったものであるとは、少なくとも筆者は考えることが出来ません。

本当に価値のあるコインであれば、しっかりと価値のわかる人間から市場に広まり、自ずと価値が上がっていくはずです。もちろん、MLM方式をとったからといって、そのコインの価値自体を即座に否定できるもではありませんが、本来価値を持っていたはずのコインが、MLMという形式をとることにより、「ねずみ講コイン」となってしまうくらいならば、流通に時間がかかるくらいの辛抱はすべきと考えます。