「Wabi」(ワビ/単位:WABI)は、2017年11~12月にICOトークンセールを行った中国発(名目上はシンガポール籍)の仮想通貨です。中国で過去に何度も発生し、死者まで出した「食品偽装」を仮想通貨の技術を活用して未然に防止することが、その目的です。
グルメの国ながらも食品偽装が深刻な中国
WaBiは、日本人はその名前から日本の茶道の「わび・さび」を連想するかもしれませんが、語源は全く違います。中国語で「Wa(蛙)」はカエル、「Bi(?)」は通貨のことで、WaBi(蛙?)は「カエルの通貨」という意味です(発音記号は省略)。WaBiのシンボルマークも緑色のカエルです。
日本にも「食用ガエル」がいるように、カエルを食べる国があります。カエル料理で有名な国はフランスと中国ですが、どちらもグルメ(食道楽)の国で、カエルの足がスーパーで売られています。
しかし中国はグルメの国でありながら企業の利益優先の「食品偽装」の問題が深刻で、たとえば中華料理店から廃油を回収して瓶に詰め「絞りたてのごま油」とごまかして売るような行為が、当局がいくら取り締まってもなかなかなくなりません。
粉ミルクでは悲惨な出来事も起きました。2004年には栄養価の低い商品で栄養失調に陥り約60人の赤ちゃんが死亡。2008年には乳タンパクの代わりにメラミンを入れてごまかした牛乳を精製した粉ミルクを飲んだ約30万人の赤ちゃんが腎臓に障害を起こし、6人が死亡しました。メラミンを混入させた酪農業者は死刑になり、粉ミルクを製造・販売した会社の社長は無期懲役で服役中です。
WaBiは、このような悪質で命を脅かす食品偽装事件に対する「中国の消費者の怒り」から生まれました。食品偽装を撲滅し、中国の消費者が安心して健康な食生活を営める世の中になってほしいという願いがこもったシンボルが、食べ物でもあるカエルなのです。
食品トレーサビリティのコストを安くする
食品偽装を撲滅するプロジェクトは「Walimai」(ワリマイ)と言い、推進する企業も同じ名前です。何をするのかというと、それは日本でも横文字で「食品トレーサビリティ」と呼ばれているものです。
参加した商品は出荷の際、特殊なチップが入った「Walimaiラベル」がつけられます。チップの中の情報は、読取機能付き専用アプリが入ったスマホを持っていれば手に入ります。消費者がスーパーで食品を買う時にスマホを持っていき、店頭に陳列されている野菜なら野菜、豚肉なら豚肉の値札に近づける(スキャンする)と、値札の中に入っているチップ内の情報がアプリで読み出せます。
野菜の産地や養豚場の場所、生産者名、収穫した日や食肉に加工した日、集荷業者や中間業者や卸売市場の名前やそこを通過した日付、スーパーの売場責任者などが、全てわかります。加工食品なら原材料や、殺菌処理など加工方法も検索できます。
「エサはアメリカ産の遺伝子組み換え大豆が主」という情報までわかることもあります。遺伝子組み換え農産物に懸念を抱く消費者は、店頭でその肉を買うのを避ければいいわけです。食品トレーサビリティがそこまでできれば、食品偽装が起きる可能性はゼロとは言いませんが、相当低くなります。
ただし大量生産品の商品認証のシステムにはコストがかかります。日本のスーパーの野菜売場で、生産者や収穫日が書かれた食品トレーサビリティの札がつくプチトマト、QRコードで情報を読み取れるプチトマトはたいてい、それがないプチトマトより高い値段がついています。
食品偽装事件の撲滅を目指すWalimaiプロジェクト
そんなコストの問題を仮想通貨のブロックチェーンの技術も活用して解決し、先進国より一人あたりの国民所得が低い中国でも食品トレーサビリティを普及させ、食品偽装事件の撲滅を目指すのがWalimaiプロジェクトです。WaBiはそこで使われる仮想通貨です。
具体的には特殊なチップのRFタグから発する電波を読取機(リーダーライター)で読み取る「RFID(Radio Frequency Identification)」の技術を使います。RFタグは1個1円以下と値段が安く、水や熱や衝撃や汚れに強いのでIoT(Internet of Things/モノのインターネット)では重要な要素技術です。情報の管理ではブロックチェーンを利用し、情報の偽造ができないセキュリティ性、透明性を確保しています。
Walimaiプロジェクトでは、食品偽装を見破るために「消費者に読み取りされない情報は偽装」と判断する機能を紹介しています。たとえばプチトマトを出荷する農家がチップに入れる情報を変えてごまかすと、スーパーでそのプチトマトを買う消費者に読み取られる情報と照合すれば違いが生じてアラートが鳴り、出荷するプチトマトは全部「偽物」と判定されて集荷業者から拒否されてしまい、農家は自業自得で大損します。そのように生産者から消費者までのサプライチェーン全体で情報をチェックし、食品偽装をさせないようにするしくみです。
中国ゆえに「政治リスク」の心配もあるが
トークンとしてのWaBiの大きな特徴は、消費者が小売店に読取機能付き専用アプリの入ったスマホを持っていき、商品を買っても買わなくても、チップの情報を読み取り(スキャン)すればそのたびにWaBiのトークンがもらえることです。いくらもらえるかは商品によって違います。「子どもがお店でスキャンして小遣い銭稼ぎをする」と思うかもしれませんが、ちゃんと意味があります。
Walimaiプロジェクトには消費者に読み取り(スキャン)されない情報は偽装と判断する機能がありますが、商品がスキャンされればされるほどIDがどんどん書き換わり、情報の改変がますます難しくなります。逆に言えば、あまりスキャンされないと情報が改変されて偽装が行われるリスクが高まります。
スキャンすればするほど食品偽装を防止できますから、消費者はお店でのスキャンという「お仕事」によってプロジェクトに協力し、協力に対するお礼、報酬としてWaBiのトークンがもらえるわけです。日本の家電量販店のポイントサービスのようですが、仮想通貨ですから貯めて法定通貨と交換できます。
WaBiはイーサリアムベースのERC20トークンで最大発行枚数は9,921万8,023WABIです。2017年11~12月にICOトークンセールが行われました。国内の仮想通貨取引所はまだ上場していませんが、海外では2017年12月、多くの日本の投資家が利用する取引所バイナンス(Binance)に上場しました。値動きは2018年1月に1WABI=約5.5米ドル(約600円)の最高値をマークしましたが、その後は徐々に値を下げ、現在は1WABI=0.307米ドル(約34円)です。
Walimaiプロジェクトの、基本は食品偽装を防ぐトレーサビリティのしくみ
WaBiが使われるWalimaiプロジェクトは中国で粉ミルクなど乳幼児向け食品からスタートして、まずママの間で支持されました。アルコール、医薬品をはじめ食品以外のあらゆる商品への展開を目指していますが、基本は食品偽装を防ぐトレーサビリティのしくみです。アジアやアフリカへの展開も予定していますが、メインは中国です。
同じ中国発の仮想通貨ではVeChain(VEN)が偽ブランド品を撲滅するトレーサビリティに利用されていますが、そのチップはRFIDではなく「NFCチップ」という別の技術で動きます。NFCは日本のソニーが開発し、非接触型ICカード技術「Felica(フェリカ)」に搭載され「楽天EDY」など電子マネーで利用されています。WaBiとVeChainは対象がそれぞれ食品とブランド品で価格帯も違いますから、棲み分けは可能です。
中国発で同じRFIDを利用する仮想通貨プロジェクトには他にWalton(WTC)があり、衣料品でスタートしましたがどんな商品にも利用できる汎用性があるので、WaltonはWaBiの手強いライバルになりそうです。また、IoTのカテゴリーではIOTA(IOTA)とも競合する可能性があります。
「食の安全性を確かめられる」「安全な食品を探せる」「スキャンするだけでごほうびがもらえる」をセールスポイントに、Walimaiプロジェクトが中国国内の食品分野で大きなシェアを獲得し、かつそれを守っていけるかどうか、また消費者の間でコミュニティを確立できるかどうかは、WaBiの将来性という点で大きなカギを握りそうです。
WaBiは「本籍地シンガポール、現住所中国」の仮想通貨で、母体企業も運営チームも中国にあります。
なぜ本籍地が違うのかというと、中国政府は仮想通貨、特にICOは実質禁止にし、厳しい規制をかけているからです。しかも食品偽装は政治にも関わる微妙さをはらんでいて、中国政府は撲滅キャンペーンをやっていますが、もし偽装を見逃した地方政府の幹部が習近平主席に近い人物だったら、疑惑を追及するグループが逆に当局に弾圧され、報道もされず、SNSも片っ端から削除され闇に葬られることもありえます。
政策に乗って社会問題を追及しても、政敵を利する存在と判断すればつぶされ、問題が拡大して批判の矛先が北京政府に向かう恐れが出ればつぶされる。それが中国の実態です。日本も通過してきた社会の成熟化とまた別の次元で、WaBiにはそんな意味の「政治リスク」もあることも忘れないようにしてください。